114 第3王子ソヒ①

 間違いない。彼が王子だ。そもそも王子以外にこの部屋で我が物顔で読者をする者などいない。王子はとっくに勉強部屋に来ていたのだ。


「あれ。侍女の格好じゃないね。なに、まさか盗人?」


 ヨワを上から下まで眺めて、顔を半分も隠していることに不審を抱いたのだろう。王子は本を閉じて正面からヨワと対峙すると目を細めた。ヨワは急いでひざを軽く折り頭を垂れて礼をとる。記憶の引き出しを必死に漁り王子の名前を思い出そうとした。


「ソ、ヒ王子。私はトゥイグ教授の助手でございます。本日は教授のお手伝いに参りました」


 ソヒ・マロンヘッジホッグ。スオウ王の三男で年齢は十七歳。五歳と十歳年の離れた兄たちがいるが、今は見聞を広めるための留学で不在にしている。式典で見るソヒ王子は大人しそうだったが、実際に対面してみると印象が違った。


「ふうん。今日はバルコニーで授業をするんだ」


 ソヒ王子の軽い笑い声が届く。からかわれているとわかり、ヨワはむっと唇を突き出した。だが王子相手に短気を起こすわけにはいかない。声だけは努めて平静に返した。


「いえ。今日は鉱石の標本を使った授業でございます。バルコニーを拝見させていただいたのは、外階段を探していたからです」

「外階段ならそのへんから覗き込めば見えるよ」


 親切に教えてくれたソヒ王子にヨワは緊張をゆるめた。木のきしむ音が鳴り、王子が立ち上がる気配がした。


「きみってさ、本当は盗賊なんだろ」

「えっ?」


 ヨワは驚いて思わず顔を上げた。ソヒ王子は勝ち気な笑みを浮かべ、あごを上向きにヨワを見下していた。王子の髪型は独特で片側は短く刈り込み、片側は長く伸ばして短いほうへ流していた。ひと筋長い髪は緑に染まっている。一風変わった空気が彼から流れてくる。

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