113 家庭教師の手伝い④

 とりあえず大きな机に石の標本を置いてみたが、六つまでが限界だった。室内をぐるりと見回してみるが他に暇をしている台はない。ヨワは観葉植物をどかして空いた台を大きな机の周りに並べた。やけに脚が細くて上下の先端が蔓のようにしゅるしゅると巻いた華奢な台だったが、なんとか三つの石を支えることができた。

 残るひとつは、小さな机はきっと王子の席だとわかったが行き場もないのでそこに置かせてもらった。窮屈だがノートを広げられなくもない。

 ヨワはひと仕事終え、扉を振り返った。ロハ先生が来る気配はまだない。

 ロハ先生が立つだろう大きな机の斜め後ろに、外の光がもれ出る扉があることにはすぐ気づいた。王子の部屋はバルコニーがついているとクチバから聞いている。ヨワは陽だまりに誘われるように金色のまるい取っ手を回した。

 そこは鳥たちと同じ目線の世界だった。

 手を伸ばせば届きそうなところに巨樹の枝がある。見渡す限り一面を囲まれている。ヨワは上を見て感嘆の声を上げた。きらめく太陽の光をやわらげる緑のカーテンは風に揺らめいて、少しもその表情を留めない。枝は黒い影となって思うままに走り、陽光とのコントラストがいっそうその存在感を引き立てていた。


「鳥の声が近い」


 姿は見えずとも春を喜ぶ鳥のさえずりがあちこちから降り注いでいた。


「ねえきみ」


 男性の声に突然話しかけられヨワの肩が跳ね上がった。


「ちょうどよかった。なにか飲み物を持ってきてくれない? アップルティーかマスカットティーがいいかな」


 慌てて振り返るとバルコニーには先客がいた。真っ白なイスに足を組んで腰かけ、小さな本に視線を落とす少年だった。ヨワはぎくりと息を呑んだ。ゆるくウェーブのかかった密色の髪がスオウ王ととてもよく似ている。なかなか返事をしないヨワに焦れて持ち上がった目は緑色だった。

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