112 家庭教師の手伝い③
「ああしまった!」
ロハ先生は突然頭を抱えて叫んだ。
「授業で使う資料が机に置きっ放しだ。ごめんヨワ。先に行ってて」
言うや否やロハ先生は今来たばかりの道を引き返していってしまった。止める間もない。とたんに心細くなったが仕方なくヨワはエンジとともに先へ進んだ。
エンジの案内でヨワは階段を上り左に曲がって廊下を進み、また階段を上がっていくつも扉のある廊下を進み、赤いじゅうたんの敷かれた階に出てどこも似たような装飾の廊下を歩いた。迷いなく進むエンジに感心する。ヨワには東側か西側にいるのかさえわからなくなっていた。
「ここだよ」
ヨワにしてみれば唐突にエンジは立ち止まりひとつの扉を指し示した。
「じきに王子が見えると思う。私は廊下で待ってるよ」
扉を開けてくれたエンジはそれ以上中に入る気はないようだった。騎士、しかも副隊長の座につく人がこんなにも遠慮している場所に平民でしかない自分がひとりで入ってしまっていいのかとヨワはためらった。おそるおそる一歩足を踏み入れたその時、
「あ。扉枠にぶつけないように」
と言われなんのことかとエンジを振り返る。彼の指先は浮遊する石に向けられていた。
「たしかに」
ヨワはいっそう石に集中して自分の後ろに一列に並ばせた。問題なく最後尾の石が部屋に入ったのを見届けると、エンジは「おもしろい魔法だ」と笑って静かに扉を閉めた。
落ち着いた深緑色のじゅうたんが敷かれた部屋には、大きな机と小さな机、それにイスが一脚ずつ、隅のほうに観葉植物が三つ置いてあるだけで広々としていた。これが王子の部屋かと首をかしげたヨワは、ここが勉強のためだけに設えられた王子の部屋の一部に過ぎないと気づくまで少々時間がかかった。
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