70 来ちゃった②

 オシャマは陽気に笑った。資料室にキッチンがないのは当たり前だ。食事はすべて大学の食堂で済ませている。リンは一体オシャマにどんな説明をしたのだろう。


「あー、そういうのいいから。母さんは帰っ――」


 唐突に言葉を途切らせたリンは、なにごとか考えを巡らせるように宙へ目玉を向けた。


「いや、やっぱ俺たちがそっちに行く」


 ヨワは目を見張った。相談もなくなにを言い出すのか! と言いたかったがヨワの叫びはすべてオシャマの胸に吸収された。


「それはいい考えね! ヨワちゃん、うんとごちそう作ってあげるから楽しみにしてね」


 一段と熱く抱き締められたヨワの断末魔は響かない。視界の端でリンがにやりと笑っていた。オシャマの抱擁から助けないのも、突然シジマ家に行くことを提案したのも彼の思惑通りだ。

 ようやっとオシャマから解放されたとたん、ヨワは好きな食べ物を尋ねられ今さら家に行かないとは言えなかった。代わりにリンに冷たい眼差しを送った。それにしてもブラックボア家の人間は、部屋の主が不在なら扉の前で待つという発想は持ち合わせていないらしい。

 オシャマに急かされてなんとかリュックだけを置いたヨワとリンは、リンの自宅であるシジマ家へ向かった。名家ブラックボアは大学と同じ西区に邸宅を構えているのでフラココに乗る必要もない。

 疲れた体にほんの少しムチを打ってくねくね曲がる根っこ道を進むと、オレンジ色の屋根が見えてきた。周りの家よりひと回り大きいくらいで威圧感はない。囲む塀も高い壁ではなく白い柵だ。風にからからと七色の風車が回っている。

 コリコの城下町はその立地上、庭を作ることは難しい。だがリンの家の玄関前には鉢植えが段を作って置かれ、水色と黄色の花が咲いていた。外壁は淡いオレンジ色でところどころモザイク調に白い石が使われている。郵便受けの上には木彫りのうり坊が手紙をくわえていた。

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