69 来ちゃった①
リンは鋭い目つきでヨワをにらんでいた。ヨワはびくりと肩を揺らして怯んだ。ネコは素早く研究室の隅へ走っていった。動物が察した怒気をヨワも肌で感じた。護衛であるリンに対して失言だったと気づくが重い空気に口が開かない。
リンが一歩ヨワに近づいたその時、彼の背後の扉が開いた。
「さっきから声がすると思ったらここでお喋りしてたのね」
資料室から出てきたのはふくよかな体に白いエプロンを身につけた壮年の女性だった。カールを巻いた褐色の髪に赤いりぼんをてっぺんで結んでいる彼女は、ぎょっと振り向いたリンを思いきり抱き締めた。
「おかえりリン。今日帰ってくるって聞いてたから来ちゃった」
「は、離してくれ母さん! なんで来たの」
リンは女性の腕の中でもがきながら彼女を「母さん」と呼んだ。言われてみれば女性の褐色の髪は城で会ったシジマ隊長やエンジ副隊長、そしてトサカ頭の小柄なクチバという騎士とよく似ている。ブラックボア家の者に間違いない。
女性は呆然と突っ立っているヨワに気づき、リンを離すとにっこり笑った。
「この子がヨワちゃんね! かわいいわ。顔よく見えないけど。目が素敵よ。素敵な緑色!」
にこにこと近づいてくる相手を拒むことができずヨワも熱烈な抱擁を受ける。豊満な胸に顔が埋まった。
「私はオシャマ。夫はシジマ。そしてリンの母親よ」
ヨワもきちんと自己紹介しようとしたが、ぎゅうぎゅうと押しつけられる胸に息もままならない。ここまでくると凶器な胸だ。リンに目で助けを求めるが、彼は気づかずため息をついた。
「で。なんで来たの」
「ふたりとも山登りで疲れてると思ったから、今夜は私が料理を作ってあげようとしたの。そしたらここキッチンもないじゃない。びっくりして固まっちゃったわ。おかしな置物がたくさんあるし、おもしろいお部屋ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます