あの遠吠えは…

第3話木苺のタルトとホットチョコレィトの時間

昔のお話を致しましょうか。


昔々、毎晩血のように赤い月が昇る村がありました。

その村では、決められた相手とでなければ結婚出来ない決まりがありました。その決まり自体はどこにでもあるものでしょう。

ただ、この村では結婚相手以外には好意すら伝えてはいけないことになっていました。


要は、結婚相手以外に「愛している」と言ったり肉体関係を持ってはいけないという決まりですね。

愛してもいない相手と夫婦になることは珍しくないそうです。


ああ、この村に限ったことではありませんでしたね。

政略結婚や偽装結婚など、今どき珍しくないでしょう?


私には関係ありませんが。


生まれた瞬間に夫婦となる相手が決められるので、村の中ではそういった感情が麻痺してくるようです。

自分はこの人が好きなんだ。と。

だんだん思い込むようになるそうです。

本当は嫌いであっても。

そして、普通は他の者に対して恋愛感情も抱かなくなるようです。


その村でのあるときのことです。


一人の少女と、一人の少年がいました。

彼らにはそれぞれ決められた結婚相手がいました。


まずは少女の話をしましょう。

彼女は不器用で、いつも嘘をついていました。

いわゆる「おおかみ少女」ですね。

「おおかみ少年」の話、知っていますか?

嘘をつき続ける少年の話。


彼女は結婚相手が嫌いでした。それはもう酷く。ですが村の決まりと彼女自身の性格から「好き」と言い続けました。


少年の話をしましょう。

彼は無口でした。結婚相手にも何も言いません。ですが、表に出さないだけで内側ではいつも激情が居座っていました。

彼もまた、結婚相手が嫌いでした。


そして。

彼女は少年のことを愛していました。

ですが決して許されない。

彼女は彼に「嫌い」と言い続けました。


彼もまた少女のことを愛していました。

彼は何も言いません。


そしてとうとう、その日が来ました。


少年は嫉妬していました。

偽りであっても彼女が「好き」という相手に対して。

自分は「嫌い」と言われているのに、なぜあいつが好きと言われているのか。

あいつが彼女から向けられるべき愛が欲しい。

あいつのせいで、あいつのくせに。

愛しい少女、愛しい愛しい許されぬ運命の人。

あいつをどかして自分がそこへ。

嫉妬し、嫉妬し、嫉妬し、嫉妬し、嫉妬し。

とうとう我慢できなくなって。

ある晩、少年は彼女の結婚相手を殺してしまいました。


少女は嘘をつき続けた自分のせいだと責め、村の外に逃げて近くの崖から落ち死にました。

少年は狂い、多くの村人を殺しました。


この世界は本当に不思議ですね。


それ以降、この村には呪いがかけられました。

何十年かに1度、「おおかみ少女」が生まれるようになったのです。

なぜ分かるのかって?

その少女は人狼なんですよ。

狼に姿を変えることが出来るのです。

「おおかみ少女」の「人狼」。


そして、それに合わせたかのように生まれる声の出ない少年。


村人たちは過去のような間違いが起こってはいけないと思い、二人がある程度大きくなってから村の外に追放するようにしました。


村の外には深い森が広がっているので、運良く生きていられた時のために少年に動物を狩る方法を教えた上で。


もしかしたら、森で1匹の狼を連れた狩人に会うかもしれませんよ?


めでたしめでたし。





木苺のタルトがそろそろ食べごろですね。

いかがですか?

お飲み物はホットチョコレートで。


そうそう。

とある天使が言っていました。


その呪いを解く方法のことです。


呪いがかけられた二人が互いに想いあっていて、尚且つ想いを交わし成就すること。

つまり、互いに「愛している」と誓い合えばいいようです。


まあ、解けることはないと思いますがね。

だってですよ?

まず、想い合っていなければ当然呪いは解けません。


想い合っていたら。

呪いが彼らを繰り返し出逢わせるのです。

この呪いが解けるまで。


呪いが解けてしまったら、せっかくの愛しい人が離れてしまうかもしれないではありませんか。

呪いがある限り、二人は側にいなくてはならなくなります。

想いを交わすことがなくとも、「ふたりだけの世界」は繰り返されるのです。


これ以上の幸せ、ありませんでしょう?


ですから、人狼は気を引くために狩人に「嫌い」と言い続けます。狩人は嫉妬を示して殺人をします。

結局のところ、お二人とも「二人の世界」に居続けたいのでしょう。

誰にも邪魔されることなく。

誰かが勝手に決めた「二人」ではなく、自分達で選んで決めた「二人」だけの世界。


死ぬまで隣に在り続けた「彼ら」がいなくなれば、次の「彼ら」が生まれます。


私を含めたこの霧の屋敷のものたちは、彼らを好ましく思っていますよ。

その証拠として、いつでも彼らが屋敷に入ってこれるよう門は開いたままにしておいてあるでしょう?

あの門をくぐるのは、大抵私たちの友人か特例のお客様、そして


今夜は赤い月が昇りそうですね。

きっと彼らが食材を手にここを訪れるでしょう。


彼ら?今まで話していた彼らですよ。

「人狼と狩人」となった「おおかみ少女と無口な少年」。

今回の彼らの狩りの腕は既に玄人並の


(どすっ)


お久しぶりでございます、お二方様。

こちらの獲物の血抜きは私がいたしますので…

奥様がお会いになりたがってましたよ?

お部屋はいつもの所をお使いくださいませ。


今日の夕食はまた一段と賑やかになりそうですね。


私はつたない吸血鬼の庭師。

本日のおやつは、森に生った木苺のタルトと温もりを与えるホットチョコレート。

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