貪る
井の中の蛙
第1話
目の前に1人の女が死んでいる。
なんと酷く憎たらしい死体であろうか。
身体中からは血が余すことなく這い出ており、はっきり言って気味が悪い。
だが1番気味が悪いのは己自身であった。
憎たらしい女を自ら、この手で、何度も何度も短刀で抉るように刺しに刺して殺したというのに。
何故私は笑いの1つすら浮かべない?
何を今更、
己の犯した罪に震え恐れおののいているのだ?
その女と初めて出会ったのは、家の仏壇に飾る花を花屋へ買いに行った時だった。
女はあれでもこれでもない、と花を懸命に探していた。
第一印象は滑稽、であった。
が、しかし。
その女の美貌とは何たるものか。
なるほど、どんな男も魅了する容姿とはこのような女を指すのか、と私は学んだ。
「もし」
私は吃驚した。その女に声をかけられるなぞ思ってもいなかったからだ。
私は一息置いてから
「はい?」
と、まさに愛想のいい、の模範のような返事をした。
その返事を聞いた女は、にこりと笑いを浮かべると
「意中の男性に贈る花なのですけれど……良ければ一緒に考えてくれませんか?」
と、言った。
私はまた吃驚した。
自分の恋心とは、他人と一緒に考えるものなのだろうか?
私は冷静を保ちつつ
「良いんですか?だって私、貴女達のこと何も知りませんよ?」
その言葉聞いた女は、またもやにこにこと笑みを浮かべた。
「えぇ、だって貴女と一緒に考えた方が面白そうですもの」
私の印象は外れていなかった。やはり滑稽な女だ!
私は微笑しながら
「良いですよ、似合いの花を探しましょう」
と、了承した。
その後の話はまるで油を加えた炎のように盛り上がった。
心の奥底から笑いもしたし、同情だってした。
だって、一昨日入水した男のことを募っているなど!
なんたる笑い話!是非とも後世に語り継ぎたいものである!
「それは献花ではありませんの?」
と、私は問うた。
するとどうだろう。女は急に表情を失った。
氷のように空気を冷やした。
その女の目付きと言えばなんと恐ろしかったことか。
例えるならば蛇だ。蛇女だ!きっとそうに違いない。
「あらぁ?面白いことを言いなさるのね。献花?いいえ、違いますわ。だって私、あの方のことが好きで好きで仕方ないんですもの。うふふ、貴女も他人を揶揄うのがお上手なのね」
うふふ、というなら笑いのひとつでも浮かべれば良いのに。
この女はきっと、生きるのが下手くそなのであろう。
こんな可笑しな女は見たことがない。
「おいたが過ぎましたか?それはすみませんね」
思ってもいない謝罪の言葉を口にした。
「ねぇ、私達、良き友人になれそうじゃない?私、そうとしか思えない。ね、今、貴女と過ごすこれからの日々が心躍るものばかりでとても楽しいの」
「えぇ、私もそう思いますわ」
こうして私達は滑稽な”友人”と成り上がったのだ。
貪る 井の中の蛙 @miyatuka
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