第15話 羊の皮を被ったヤギ? ③

 何度目だろう。


「ひめっ、ぶへっ!」


 良太はその諦めないという心は感心していたが。


「ひ、ぶはっ!」


 馬鹿なのだろうか。


「ぶほっ!」


 きっと馬鹿なのだろう。


「ありがとうございますっ!」


 もう寝がえりというにはおかしいほどにリムの蹴りや平手が、八木の身体を殴りつけている。それでも諦めずに突撃していく姿はさながら特攻隊。


 だが、実際はゴムボールのように跳ね返っては殴られているだけ。


 終いには殴られるのに喜びを感じているようだった。


「あの……」


 声をかける良太の声など耳に入らぬかのように、一心不乱にリムへと突撃を繰り返す。


 __。


「はぁ、はぁ、はぁ。さすが姫様。鉄壁ですね」


「いや、鉄壁ですね、じゃねえよ……」


 数10分かけ、ようやく止まった八木の顔は、試合後のボクサーのように腫れあがり、息も絶え絶えになっている。


 本当に馬鹿なのだろう。


 冷めた目でその行動を見続けていた良太もさすがに呆れ返ってしまっていた。


「はぁ、はぁ。……今回こそ姫様のおはようは私が頂くのです……」


 あれは幼い姫がまだよちよち歩きを始めたころ……。


「えっ!? 回想とか語り出しちゃう系?!」


 魔界ではその名を知らない程のスペシャルな執事。その私が初めて姫様を目にしたのは、姫様が二歳になる前。まだうまく話せない赤子の小さな手が私のこの指を握り締めたのです。


 その小さい身体に渦巻く芳醇な魔力と、曇りの無い宝石のような瞳に見つめられ、私は姫様に一生ついていくと決めたのです。


 それから姫様のおはようをいただく為。


 何度も理由をつけて寝所に潜り込み、昼寝の最中に手伝いと称して寝顔を拝んだりしていたのすが、一度も、ただの一度も「おはよう」をいただくことは出来ませんでした。


「ですので、この程度で諦めたりはしませんっ!」


「あ、回想終わったんだ……もういいから。俺がリムを起こすよ」


 独り言のような昔語りを終えた八木の眼には、未だ闘志が燃え上がっているが、いい加減飽きてきたのもあり、良太がリムを起こすと提案する。


「はっ! 貴様のような小僧に一度眠りについた姫様を起こす事が出来るはずがな……」リム帰るぞ。そういえば母さん、おやつあるって言ってた」


「ふわぁっ……ん? おはよう良太。帰ろうおやつが待ってる」


 ぼろぼろの顔で決め顔をしても気持ち悪いだけなのだが、迫力だけは凄い八木の言葉を遮り、良太がリムに一声かける。すると彼女はすぐに起き上がり小さく欠伸をした。


「ぶぁっ、ぶぁかなぁぁぁああぁっ!? 私があれだけして目覚めない姫様を、一瞬で……人間っ! 姫様に何をしたぁぁぁっ!」


「八木うるさい」


 社の階段を飛んで降りるリムは、血涙を流して良太に詰め寄る八木に短く言い捨てる。


「はい。申し訳ありません姫様」


「……なんで八木がいるの?」


 空中で即座に平伏する八木の姿を視界に映したリムは首を傾げるのだった。

 

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