第16話 二人目の居候
「……で? なんで家に来てるわけ?」
良太の家のリビング、そのダイニングテーブルの上には3頭身の羊が一匹正座をしている。簡単に説明すれば、神社で目覚めたリムが八木を放置して家に直行した為、それを追ってついてきたのだ。
「狭い家ですね……こん犬小屋のような場所で姫様が寝起きされるとは……。いや……狭いからこそうっかりあんなこととかも……ありですね。これは是非とも私がお世話をせねば……」
「欲が洩れてんぞ羊」
「八木です」
獣顔のくせに、ころころと表情を入れ替え考え混んでいる八木だが、良太の家に対する文句も自身の欲望も丸聞こえである。肘をテーブルに着き顔の支えにしている良太も、そんな羊をすでに諦めた様子で呟いていた。
「それで、リムを連れに来たのか羊」
「八木です……」
いつまでも羊の百面相を見ていても仕方がないので、良太は本題に入る。
屋上に出てきた魔王は、家出して来たリムを探しているようだった。となれば八木もリムを家に連れ帰る為にここにいると考えるのが自然だ。
「いやっ。帰らない」
「大丈夫ですよリム様。私はいつでも姫様の味方。魔王様にも、上手く言い訳をしておきますよ」
「お前さっきの言葉の後によく言えるよな……」
良太の言葉に首を振って否定しているリムに、欲望だだ洩れで呟いていた事がなかったかのように良い笑顔で話す八木。
こんな羊が執事をやっていて大丈夫なのだろうか。
「本当か? 八木っ!」
「ええ、ええ。もちろんですとも。ですから今日より私も人間界に滞在させていただきます。姫様のお世話は私にお任せください」
「せめて家主の許可をとれよ羊……」
勝手に住むことを決める八木に小さな声で非難の声を上げる良太は、キッチンでニコニコと夕飯の準備を進めている母を見つめた。
角の生えた少女とテーブルに正座したままの羊。普通に考えれば疑問しか湧かないであろう状況にも平然としていた。
「む? いたのですか人間」
「良太だ羊。母さん駄目だからね。こんな変態家に置いとけないから」
釘を刺しておかねば母は二つ返事で許可を出してしまうに違いない。そう思った良太は声を大にして否定する。ただでさえリムという存在が自由という聖域に踏み込んできているのだ。
これ以上部外者を増やすわけにはいかない
「マダムよろしければ姫様のお世話をする為に、滞在の許可をいただけますかな」
「構いませんよ羊さん。良ちゃん、お家が賑やかになるわね」
即答だった。
良太の悲痛な願いも母の天然の前で、もろくも崩れ去ってしまう。
「許可取りましたよ良太君」
「母さんっ! 家には何人も養えるほど余裕はないでしょっ」
良太は簡単に諦めるわけにはいかなかった。自分の領域に他人がこれ以上入ってきたら、安穏とした時間が減ってしまう。
ゲームにアニメにテレビ、時間はいくらあっても足りないのだから。
「それならばご安心を……人間界の通貨は用意してありますので……」
そう言って懐に手を入れた八木が取り出したのは、札束。
真ん中で封をされ綺麗に長方形の形をしている紙幣達だった。
「えっ! これって……」
帯で止められた紙幣など目にしたことのない良太は、先ほど迄眠そうにしていた目を見開いて八木の手の中を凝視している。
全部が1万円札であれば、100万円。
そんな大金など良太は見たことが無いのだ。
「……ごくっ」
「これだけあれば、しばらくは困らないでしょう?」
無意識に生唾を飲み込む良太の目の前に、札束がゆっくりと置かれる。
「……?」
だが、テーブルの上に置かれた札束を手に取った良太は疑問の表情を浮かべた。そこに描かれているのは福沢諭吉でも樋口一葉でも野口英世でもないからだ。
中央に百円と書かれたそれには、教科書でしか見たことの無い聖徳太子が描かれていた。
「……いつの時代の金だよっっ!」
現在は流通していない旧紙幣。
使えるのか使えないのかもわからないお金を取り出して自慢気にしている八木に、良太はさらに声を大きくして叫ぶのだった。
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