第14話 羊の皮を被ったヤギ? ②
良太は早退した。
背後に浮かんでいる羊から話を聞かなくてはならないから。
自分では、そう理由をつけているのだが、教室に戻って柊の反応を見るのが怖かったのだ。
屋上から直接保健室に行き、体調が悪いと言ってそのまま荷物も持たずに学校を出た。
「明日からどんな顔して会えばいいんだよ」
校舎を見上げる良太の頭の中には、柊が最後に見せた強張った表情が映し出されている。普通に考えれば昼飯抜きになった同級生にご飯をわけようとしたら、眼前に股間を突き出されたのだから、それはもう。
いろいろな意味でアウトだろう。
「して人間。どこで話をするのだ?」
ふよふよと空中に浮かんでいる羊の表情は読み取れないが、良太の気も知らないでいる彼? につい当たりたくなってしまう。
とはいえ先ほどの魔王? に比べれば幾分話しやすい相手なのは確か。だからこそ良太もなんでこうなってしまったのか事情を聴かねばと考えたのだ。
羊の八木にも魔法は使えるようで、騒ぎになるからとあらかじめ良太以外に姿が見えないようにしてもらっているのだが、自分にしか見えないとはいえ飛んでいる3頭身程度の八木に違和感しか覚えない。
「……神社だよ」
ぶっきらぼうに答えた良太の向かう先はリムと出会った神社。
他の人間に八木が見えないとはいえ、昼を過ぎたばかりでもその辺で話していれば、独り言をしている変人に映ってしまうだろう。あの場所であれば、そうそう人は来ないと良太は考えたのだ。
「で。あんた達はいったい何なんだよ」
学校から十分程度で着く神社に到着し、良太は八木に向き直るとすぐに問いかけた。
「ふむ。そうですね。我々はこことは違う世界。魔界の住人です。その辺りは姫様からお聞きになったのでは?」
「なっ?! なんで、それを知ってるんだよ」
先ほどの魔王? にうっかりリムの名前を出してしまったが、それでも知り合いなどとは一言も話していない。真顔で見横長の瞳に見つめられ、緊張が良太を包む。
「貴方からは姫様の香ばしい残り香が漂っておりますので……」
「えっ? 知ってたわけじゃないのか?」
「はい。私どもを見た反応。初めて我々を目にする人間は皆一様に同じような反応を示すのですが、貴方は驚きはしても否定はしなかった。それと、とろけるような姫様の香。……あぁ、本来ならば私をご同伴いただければ、朝も昼も夜も、姫様の為に心血を注いでご奉仕いたしますのに……」
「うわぁ……」
かまをかけられた。
良太はそう驚くよりも、後半のリムに対する言動が気持ち悪かった。彼女の事を話する八木の表情は羊にしか見えないのに、どこか恍惚としていて先ほど迄の緊張感など、一瞬で融解してしまう程だ。
「姫様は幼い頃より、それは可憐で、聡明にして勤勉、慈愛に溢れる素晴らしいお方。お傍にいるだけでも、蕩けるように芳しく芳醇な香りが私の心と身体を同時に魅了してくるのです」
「……」
もうなんというか言葉が出ない。
暴走を始めた羊は空中を飛び回り、頬に手を当てたまま首を振り続けている。その後も冷めた目で見据える良太を気にもせずに語り続けていた。
「……それで、人間」良太。浅野良太って名前があるよ」
急に八木はだらしない顔を引き締めて口を開くが、いい加減人間と呼ばれているのに気持ちの悪さを感じていた良太が口を挟む。
「失礼しました。人間にも名前はありましたね。では良太君。姫様はいずこに?」
少し驚いたような反応の八木だったが、一礼して訂正すると質問を投げかけてきた。
「リムは……」
「姫様は?」
「そこにいるよ……」
良太は神社に着き、話し始めてすぐに社の脇でリムが寝ているのに気づいた。
おそらく家に帰る途中で眠くなったのでここで寝てる。といったところなのだろう。
話がこじれるようならすぐに起こすつもりだったのだが、思った以上に八木が変態だったので、起こすよりも正直に話した方がいいと思ったのだ。
「姫様~~っ!」
自慢げに匂いがどうの言っていた八木だったが、すぐ近くで眠るリムの存在に気づいていなかったようで、その姿を目にしたとたん翼をはためかせて彼女へと飛んでいく。
「姫様っ姫様~っ!」
「……うるさいっ!」ふべっ!!」
すやすやと眠っているリムは周りを飛び回る八木に、寝返りを打つついでに平手打ちを浴びせたのだった。
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