第13話 羊の皮を被ったヤギ?
「ふう。人間界は久しぶりだな……して人間。少し聞きたい事があるのだが?」
放心している良太に、男は笑顔で話しかけてくる。見上げる程に大きな身体を少し屈める男の言葉で、固まっていた思考が戻ってきた。
「はっ!! なんなんだよっ? なんで、俺の股間から出てくるんだよっ!」
「質問をしているのは俺様なのだが……まあよいか。貴様のそこがたまたまゲートに設定されてしまったようでな。ちなみに、俺様が指定したわけでは無いぞ」
腕を組んだまま指先を良太の下半身に向ける男は、理解が追い付かない説明をしてくる。なんとなしにリムの関係者なのはわかるのだが、それでも頭の中は絶賛混乱中だ。
「はぁ?! ってかあんたリムの関係者か?」
「っ?! 貴様っ!! リムを知っているのか! 知っていることを吐けっ! 俺様の娘に何をした?! 事と次第によっては、貴様には地獄の炎での刑罰をくれてやるぞっ!」
「ひぃっ!」
先ほど迄の笑顔を豹変させ、まさに鬼のような形相になり、顔を近づけてくる男に良太の肝は縮みあがってしまう。
「魔王様っ! 人間相手に何をなさっているのですかっ!?」
恐怖を感じ、冷や汗を流す良太の耳にまたしても下から声が聞こえる。
開け放たれたままの良太のプライベートゲートからだ。
先ほどのように股間が盛り上がることは無いが開いたままのそこから、小ぶりな塊が飛び出してきた。
「今度は何なんだよっ!」
すでに良太は半べそをかいている。相次ぐ不可思議な展開に気持ちがついていけないのだ。
そんな良太をおいて股間から出てきた塊は、マントの男の正面に浮かび上がる。それは翼のついたサッカーボールほどの小さな羊の顔をした生物。
「これはこれは、お初にお目にかかります」
もこもこの毛に覆われ、タキシードに似た服を身に纏っていたそれは、良太の声に振り返ると、優雅に一礼してきた。
「ヒツジ?」
「いえ、私の名は八木です」
「ヤギっ?! そこはヒツジにかけた名前じゃなくていいのっ?!」
「何を仰っているのかわかりかねます」
羊の顔をした執事のような八木さんという不思議な生物は、疑問符を浮かべたまま良太の眼を見つめてくる。
「そんなことより魔王様、害の無い人間相手にそんな怒気を発せられては、器が小さく見られますよ」
「しかしだ。こいつはリムの事を知っているらしくてな」
「それに……公務をほっぽって勝手に人間界とのゲートを繫げるとは、さすがの私もお説教をせねばなりませんが……」
良太が話を聞く限り、目の前で話す二人? は、リムの父親である魔王とその側近なのだろう。娘が心配な魔王が仕事を放り出して勝手に人間界に来た。
そういう事なのだろう。
「うげっ! しかしリムが……」
「しかしもかかしもありません。さっさと戻って公務を終わらせてください。リム様の事は私が責任を持って調べておきますので」
「む……わかった。八木よ。貴様に任せる。ではさらばだっ!」
「お任せください」
「えぇっっ!?」
そう言うと魔王と呼ばれた男は一度マントは翻し、宙に浮く八木に威厳たっぷりに命じたあと……勢いをつけて良太の股間に飛び込んだ。咄嗟の出来事に驚くばかりの良太は、自身の下半身に飛び込むおっさんを、ただ見ていることしか出来なかった。
衝撃があるのかと思っていたが、特に痛みも違和感も感じない。
いったい物理法則様は何をなさっているのか。
「……帰った……のか?」
「……人間。リムに危害を加えたら地獄の苦しみを……いってっ!!」さっさと帰ってください」
姿が消えたと思っていると登場の時と同じようにまた顔を出してくる。なんとも迫力の無い体勢で良太を睨みつける魔王だったが、その言葉が最後まで言われることは無く、八木の蹴りを脳天に受けて股間の中に戻って行った。
「……さて。改めまして私は魔王城の執事をしている八木と申します。先ほどは我が主が大変失礼いたしました」
「いや、あの、蹴っちゃっていいんすか?」
「ええ、なんの問題もありません。あの阿保の主はあれくらいしなければ、言う事を聞いていただけませんので……」
「そう……なんすね」
見るからに脳筋の魔王を相手にするのは苦労が絶えないのだろう。
そんな事を思いながら、良太は空を見上げる。
良太の脳内では混乱が一周周って冷静になることが出来ていた。
もう昼休みも終わろうかという時間なのだが、柊の弁当を逃し、さらには彼女の眼前に不可抗力とはいえ、恥ずかしいものを見せつけてしまった。
どう言い訳を考えても誤解は解けないだろう。
良太の心を映すかのように天からは雨粒が落ち始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます