第10話 エンカウントは好きな人
校門が見えてくる。
すでに生徒の姿はまばらだが、門の前の教師の姿を見るにどうやら間に合ったのだと、振り出していた足の歩幅を短くした。
「おはよう浅野君。走ってきたの?」
透き通るような柔らかい声が背後から聞こえてくる。咄嗟に振り返る良太の視界に映ったのは一人の女の子。
「……ぁ……」
「どうかした浅野君」
「……お、おはよう柊さん……遅刻寸前だったんだよ」
柊梓。普段目にする姿と同じに、短く肩で揃えられた黒髪、パッと見ただけでも目を引く容姿、普段から大人びて落ち着いている彼女は良太が密かに想いをよせる相手。
予期せぬ遭遇に挨拶を返すのが遅れてしまう。
緊張が彼女に伝わってしまうのではにかと心配になったが、そんなことも無く、柊は良太の隣に並び歩調を合わせた。
「ふふ、寝坊でもした?」
「……いや、出がけにちょっと時間食っちゃって……」
笑顔が眩しく、ワンテンポ返答が遅れるが良太は何とか言葉を返す。
唐突なエンカウントにいつもより反応が遅れてしまうが、落ち着けば後はいつもと同様に心のスイッチを切り替えて会話に臨める。良太のノミのような心臓は突発的な出来事に対応するよう作られていないのだ。
「柊さんこそ、いつもより遅いでしょ?」
「うん、私もちょっと出る時に時間かかっちゃって……」
「……」
会話が止まる。
切り替えたスイッチは正常に作動してくれたのだが、それでも良太には会話を続けるだけのコミュニケーション能力は無い。
校門まではほんの数分で到着してしまう。
隣を歩く柊との距離は数十センチ程度。いくらクラスメートとはいえ、普段二人で会話する機会はめったにないのだ。
この機会なのだからもう少し会話して、自分をアピールしなくては……。
そう思えば思う程、先ほど切り替えたスイッチが自動的に戻っていくのを感じ、思考が上手くまとまらなくなっていく。
「……良い天気だね」
「曇ってるけど……」
違うっ!
そうじゃない。
どこのお見合い時の言葉だよ! しかも曇ってるしっ!
良太の脳内では自身へのツッコミが激しい。柊が言うように今日の天気は雨雲が太陽を隠し、晴天には程遠い。
表情に出さぬようにしているが焦る良太にはいい話題が思いつかず、至福になるはずの時間は終わりを告げる。
「あずさ~」
「あ、加奈。じゃあ浅野君、またあとでね」
校門付近で柊に声をかける女子の出現で、小走りに行ってしまう。一度振り返った彼女は笑顔で手を振ってくれたのだが、その笑顔が眩しくて。
それがまた良太に自身の不甲斐なさを自覚させる要因だった。
「……はぁ。もったいなかったなぁ」
溜息と共に一人呟く良太は駆けていく柊を見つめ、トボトボと足を動かす。
「おはよう浅野っ」
「……おはよう桐谷せんせ」
今日の校門当番は桐谷先生。夏という言葉が似あう筋肉系熱血教師のくせに、担当強化は美術という不思議な男だ。
「朝から元気ないぞっ! 若いんだからもっと元気よく行こうっ」
「朝から元気ですね」
「ああっ! 俺は毎日牛乳飲んでるからな。浅野も牛乳飲め、身体がでかくなるぞ」
ランニングシャツから、はちきれんばかりの腕を出してその筋肉を強調している。身長も190センチに届くかと思う程の巨漢なのだが、本当になぜ美術教師なのだろう。
ギリギリ170センチに届かない良太は、少し羨ましくも感じるが、目の前のラ〇ウのようにはなりたくない。
「じゃあ俺、もう行きますね」
「ああっ! 今日も一日元気よく勉学に励めっ」
「うす」
桐谷と話をしているとなぜか筋肉の話にシフトしていくので、せっかく間に合ったのに、遅刻になってしまう。
話を切り上げる良太は昇降口へと駆けて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます