対決

 体育館まで行くと、張替は今まさに俺の出場を取り消そうとしているところだった。


「はい、だから出場を取り消して──」

「いや、その必要はないよ」


 張替の言葉を遮る。

「え?」

 張替が驚いたように振り返った。

「は、ハル……?」

「正解」


「な、何でそんな格好に……!?」

「出場しようと思ってさ」


「しかもいつもと雰囲気違うし……!」

「そうかな?」

 髪をかきあげてフッ、と笑う。


 すると張替がはっと我に返って首を振った。


「ていうか、出場するって、それ──!」


「ああ、笑われる心配なんてもう必要ないからね」


 俺は確信を持って、そう告げた。

「だって俺が勝つし」

「いや、でも──!」


 張替が何かを言いかけた時、俺に誰からか声がかけられる。

「やっと覚悟を決めてくれたんだ」

「──ああ、日下部先輩」

 声の方向を向くと、そこには日下部先輩がいた。今の僕を見て楽しそうに笑っている。


「それが君の答え?」

「ええ」

「また君に会えて嬉しいね」

「逃げると思ってましたか?」


「いや、君なら来ると思ってた」

「期待を裏切らなくて何よりです」


「今の君は随分と自信があるみたいだね」

「ええ、まあ」


 日下部先輩は値踏みするような視線で見るとこう言った。


「確かに君は俺よりイケてるかもしれない」

 先輩は自信ありげにニヤリと笑う。

「けど、勝つのは俺だ」

 そうれだけ言うと先輩はまた舞台の奥へと消えていった。


「……」

 俺はその背中を無言で見送る。


 ──もしかして、まだ何か勝算があるのか……?

(それならまずい)


 そう思った俺は、俺にとっての“勝算”を取りに再度教室へと戻った。




 そして、ミスターコンが始まる。




★★★




 ミスターコンの会場である体育館は観客で満杯になっていた。

 ステージの真ん中を参加者はスポットライトに照らされて歩いていく。

 出場者は、自分に自信がある者、一発芸を披露してウケを狙う者、自分のクラスを宣伝する者など十人十色だった。


 そしてミスターコンは順調に進んでいき、ついに日下部先輩の番になった。


『次は三年生の日下部凜月さんです!』


 舞台袖から日下部先輩が出てくる。

 会場が、一瞬静まり返った。


 なぜなら、日下部先輩その格好。

 日下部先輩は、女子用の制服を着て女装していた。

 それを見て観客たちからは疑問の声が上がり始める。


「……え?」

「誰……?」


「今、日下部凜月って言ってたよね……?」

「ってことは──」


「ええ!? あれ日下部先輩!?」

「うそ、めっちゃかわいい‼」

「きゃぁぁぁぁ‼」


 次第に湧き上がっていく観客たち。

 日下部先輩はそれに笑顔で手を振って歩く。その度にそこらかしこから悲鳴が上がった。


 そしてステージの一番前まで来ると、手に持っていたマイクを口元まで持っていく。


『張替恋羽さん』


 先輩が名前を呼ぶと、人の波がモーゼの十戒の様に割れた。

 そして張替にもスポットライトが当たる。


「え? え?」


 当の張替は何が起こったのかとおろおろしている。

 日下部先輩は張替へと近づいて手を差し出した。


『好きです‼ 俺と友達からお願いします‼』


 先輩の唐突な告白に「「「えぇぇぇぇっっ‼」」」と聴衆が悲鳴を上げる。


 その時、チラリと先輩がステージ袖の僕を見た。

 なるほど、そういう事か。


 ──これで勝負だ。


 先輩の瞳はそう語っていた。


 これが日下部先輩の自信の理由。

 意外性のある登場、それに加え告白。そして張替の趣味にも合わせてきてる。


 完全に勝つつもりなのだろう。


 正直、顔の良さで勝負するなら俺が勝っていたから、普通に勝負するなら勝てると思っていた。


 けどまずいな、このままじゃ……。


 もちろん、ここで入っていって、普通に勝負しても張替は俺を選ぶだろう。

 しかしそれでは観客たちはそれを認めない。

 そんな決着では面白くないから。


 出来レース程面白くないものはないのだ。


 そして、俺もそんな事は望んでいない。


「あいつの意思で、俺を選んで貰う」


 俺は振り向くと実行委員の人に自分のスマートフォンを渡しに行った。

「これ、合図したら流して」

「は、はい……」

 俺がスマホを手渡した女子生徒は顔を真っ赤にして固まった。


「あはは、かわいい」

「あ、ありがとございますぅ……」

 俺が近づくと彼女は顔から煙を上げ始めたので、少し距離を取った。


「じゃ、よろしく」

 最後にそう言って舞台袖まで歩いていき、マイクを受け取る。


「……よし」


 そして日下部先輩の告白ショーへと乱入した。


『ちょっと待った‼』


 突然の乱入者に、会場の視線が一気に俺に集まる。

 そして俺を見るとざわつきが一段と大きくなった。


「え? 誰あのイケメン……」

「先輩よりかっこよくない……?」

「あんなイケメンこの学校にいたっけ?」


 会場が疑問に包まれていたとき、アナウンスが入る。

『次は奏雨遥真さんです』


 それを聞いて、会場はわっと盛り上がった。


「奏雨って……、ぇえ!?」

「嘘でしょ!? あんなにイケメンだったの!?」

「なんで眼鏡で隠してたの!?」


 観客は俺の隠されていた素顔に驚いているようだ。

 掴みは上々。

 次は──。


 観客が十分驚いたところで、俺はマイクを取り出し、パチンと指を鳴らした。


 ここからは俺は時間だ。


 曲がスピーカーから流れ出す。

 俺はそれに合わせて歌い始めた。


「なんか歌いだしたぞ……!」

「めっちゃ上手い……」


 観客たちは急に歌いだした事に衝撃を受けているようだが、イマイチ盛り上がりには欠けている。

 インパクトがまだ足りないか……!

(最終手段だ……!)


 歌を歌い終えると、制服に手をかけて一気に脱ぎ去った。

 観客が急に制服を脱いだことに一瞬ざわつくき、の姿を見てもう一度ざわついた。


 私も女子生徒の服を着て、女装していたからだ。


「ええ⁉ そっちも⁉」

「もう何が何だか分かんねぇよ‼」


 私は日下部先輩のもとへと歩いていき、同じように手を差し出す。


「私を選んで、恋羽‼」

「う、うぇ!?」


 彼女はもう何が何か分からない、と言った様子で目をぐるぐると回している。


 ───それにこれで最後のダメ押しだ‼

 最後の“切り札”を使った。


「毎日私を好きに着飾っていいから‼」

「あ、はい」

 そう言った瞬間恋羽が私の手を取った。


 そして会場が歓声に包まれた。

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