ミスターコン後
「ふぅ、疲れた……」
大歓声の中ミスターコンが終わり、私は舞台裏へと戻って来た。
壁にもたれかかった瞬間、どっと疲れが襲ってくる。
「はーーるっ!」
「うわぁっ!」
休んでいると、いきなり後ろから抱きつかれた。首を回して後ろを見るとそこには恋羽が笑顔で私に抱きついていた。
「こ、恋羽!? 来るの早すぎない!?」
この早さなら今私の後ろをずっと追ってきたレベルなんだけど!?
「我慢出来なくて」
にへへ、と笑う恋羽。
私に回している手に、ぎゅっと力が入った。
「……私の為にありがとね」
「いや、恋羽のためっていうか……。私のためでもあるし……」
恋羽が私をくるりと回して、両手を恋人繋ぎのように指を絡めてぎゅっと握ってくる。
「ううん、それでも嬉しかったよ」
「……そっか」
……なんか、こう、ストーレトに言われるのと手を握られているのとですごく恥ずかしい。
私が照れていると、「そういえばさ、」と恋羽が不思議な表情で私の顔ををのぞき込んでくる。
「っていうか、ハル。話し方変わってない?」
「え、そう?」
「私のことも恋羽って呼んでるし」
「……ほんとだ!」
いつの間にか『恋羽』呼びになってる!?
しかも自分では意識してなかったけど、いつもと話し方が──って思い返すと一人称も変わってない!?
もしかして女装してる内に心まで女の子に寄っていってない!?
駄目だ駄目だ! 一人称は僕だぼく……。
改めて自分にそう言い聞かせて、張替に向き直り、咳払いをした。
「張替、そろそろ離れて」
僕が『張替』呼びへと変えると、張替は不満そうに眉を寄せて、さらに密着してきた。
「えーっ! なんで苗字呼ぶの!?」
「いや、なんでって──」
「恋羽って呼んで!」
「ちょ、近づくなって──わぁ!」
「いっ──!?」
張替がさらに力を入れて抱きついていた来たので、距離をとろうとした時。
僕の足が地面のコードに躓き、体勢を崩し二人でもつれて倒れ込む。
「──ったた……」
「張替、だいじょうぶ──」
僕が目を開けると、僕に覆い被さっている張替と目が合った。
「あ」
「……」
二人は何故か視線をどちらも逸らすことなく、じっと見つめ合う。
先に口を開いたのは僕の方だった。
「……えっと、どいてくれる?」
「……うん」
張替は素直に僕の上からどいて、ぺたんと地面に座った。
「えっと、……大丈夫?」
「まぁ……」
沈黙が流れる。
その時、僕達の他の誰かが咳払いをした。
「……んんっ」
二人でびっくりしながら声の方を見ると、そこには日下部先輩が気まずそうな表情で立っていた。
「えと、奏雨、……くん? 少しいいかな?」
「え? はい」
「ちょっとついてきてくれる?」
どうやらお呼び出しの用だ。
取り敢えず悪意は感じなかったので、先輩の後ろをついてく。
倉庫の中へと入ると、先輩は「よいしょ」と言って適当な椅子に座った。僕もそこら辺の椅子を掴んでいた座る。
「いやー、ごめん。お取り込み中に」
「別に取り込んではないです。それで用事って?」
「ああ、勝負に負けたからこれを渡そうと思って」
先輩がスマホを差し出してきた。そこには前に見た先輩の昔の写真が映っている。
先輩が勝負にかけた写真だ。
「いえ、いいです」
それを僕はきっぱりと断った。
すると、予想していたのだろうか、先輩はあまり驚いてはいない表情で質問してきた。
「なんでかな」
「先輩、最初から勝負の結果がどうあれ、何もするつもりは無かったんじゃないですか?」
僕の言葉に先輩は楽しそうに笑う。
「あれ? いつ気づいたの」
「ミスターコンの最中です」
正直、ミスターコン前までは精神が追い込まれていて、先輩の考えに意識が向いていなかった。しかし、“あっちの僕”になったことで精神的にゆとりが生まれ、先輩の目的について考えを巡らせることが出来たのだ。
それにしても、もうちょっと早くに気づけていればなぁ……。
「そういえば何故こんな真似を?」
先輩が肩を竦めて話し始める。
「言ったろ。俺は君のファンだったんだ」
そこで一度言葉を区切る。
「君に、もう一度立ち上がって欲しかったんだ。ま、わがままっていうのは分かってたけどね」
「僕が立ち上がれなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「あ、それは考えてなかった」
「おい」
僕は先輩であるということも忘れてツッコんだ。
「ウソウソ、ちゃんと何かしらフォローはしてたよ」
「全く……」
僕が呆れてため息をつくと、先輩は何か思いついたようで、「あ」と呟いた。
「レイン交換しない?」
「……別にいいですけど」
「やったね──って、おっと」
先輩はポケットからスマホを取り出そうとしたが、誤って手からスマホを落としてしまった。
僕の方までスマホが来たので、僕はそれを拾って先輩に渡そうとしたその時、電源ボタンを押してしまったようで、画面がついた。
「──え?」
待受に僕のメイド姿が映っていた。
「いやー、危なかった。ありがとね」
先輩が僕の手の中からスマホ取り、スマホの画面を見て安心したように息を吐いた。
「画面は割れてないね。運が良かったなぁ」
「いや、ちょっと待ってください」
「?」
「それ、何ですか?」
スマホを指差す。
先輩は手元のスマホを見下ろして、にっこりと笑った。
「言ったろ、俺は君のファンなんだ」
「いや待て! それ! おかしいでしょ!」
結局先輩とレインは交換した。
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