弱音
文化祭二日目に入っても、メイド喫茶は盛況だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「こっちオムライス!」
「クリームソーダ二つ!」
全員が忙しなく動き回り店を回している。その中で僕も忙しくメイドをしていた。
「は〜い、それじゃあ、萌え萌えキュン!」
手でハートの形を作り笑顔で突き出す。
(だいぶ営業スマイルにも慣れてきたな……)
最初の方は顔が引きつっていたが、恥じらいが少なくなってきた。
“魔法”をかけるとすぐに別のテーブルへと移動する。その途中で、
「結構塩対応だよな、あの娘」
「けどマジでかわいいよな……!」
と背後から聞こえてきたが、無視だ無視。
ふと横を見ると、男子生徒のメイドもオムライスを運び、“魔法”かけていた。
「ではいきますよ〜。萌え萌えキュン!」
「いぇーっ!」
「最高ー!」
盛り上がるテーブル。
女子が“魔法”をかける時より盛り上がっていたそのテーブルは、最後はツーショットまで撮っていた。
なぜか男子がかける“魔法”も女子がかける“魔法”に劣らず人気のようだ。
やはりあのシュールな感じが受けたのだろうか。
「ハルー! こっちのテーブルお願い!」
張替が僕を呼ぶ。
「分かった! 今行く!」
「おつかれー! これからどうする?」
「取り敢えず何か食べたいな……」
今はお昼頃を過ぎた頃。
お昼を食べる余裕は無かったので、二人ともお腹はぺこぺこだ。
「じゃあ回りながら食べよっか」
「ああ」
二人で文化祭を回りながら食べ物を適当に買って食べていく。
もちろん二人ともメイド服だ。
ホットドッグを買って食べていたところ、目の前を通って行った二人組が話している事を聞いた。
「ね、見に行くよね、ミスターコン」
「行く行く! 何か勝負するんでしょ?」
そう言って二人はどこかへ行った。
僕はまたそれを無言で見送った。
★★★
時間が経つにつれ、話題はミスターコンが増えていく。
すれ違いざま。
「ほんと楽しみだよな」
「日下部先輩と陰キャじゃ勝負にもならないだろうけど」
「身の程知らずにも程があるって」
とか
「なんて名前だっけ」
「奏雨だろ? 確か二年の」
「負けたら何するんだろ?」
「土下座とかするんじゃない?」
などと言い合って笑っている。
皆僕がすぐそこで本人が聞いているとも知らずに言いたい放題だ。
ミスターコンが一時間前まで迫った頃。
教室へ制服を取りに戻ろうと、ドアに手をかける。
教室中の視線が僕へと突き刺さる。
その視線を向けられて、僕の足は完全に固まった。
──ああ、これは。
「ごめん、ちょっと」
それだけ言ってその場を離れる。
「──ハル?」
張替の声が聞こえたが、僕は止まらなかった。
走って、人気のない校舎裏まで来た。
「おぇぇ……っ!」
堪らず胃の中のものを吐き出した。
ふらふらと壁に寄りかかる。
「う……っ、ぐすっ……!」
途端に涙が溢れてきた。
何度も手で拭うが、全く涙は止まらない。
「何で……っ!」
後ろで物音がした。
「やっぱり……」
振り返るとそこには張替がいた。
涙で濡れた顔を慌てて手で隠す。
「あ……、えっと、これは、大丈夫だから……」
「大丈夫じゃないじゃん」
張替は少し怒ったような表情で詰め寄ってくる。そしてその後少し悲しそうな表情になった。
「全部一人で背負い込まないでよ」
「でも……」
その時、ふわりと何かに包まれた。
僕は張替に抱きしめてられているらしい。
張替の香りに包まれ、体温が伝わる。
それは不思議と僕を落ち着かせた。
「ね、ちゃんと話して」
「……」
少して、僕は口を開いた。
「やっぱり怖くなってきたんだよ……」
「うん」
「人の悪意が怖くて怖くてしょうがないんだ」
「うん」
「最初は大丈夫だった。けど皆が僕のことを言うたびに、また“あの頃”に戻ったんじゃないかって──!」
「うん」
「なんだよ! 僕は何もしてないのに何で勝手なことばかり言われなきゃならないんだ!」
そうやって、僕が弱音を吐き出す間、張替は何も言わずにずっと聞いてくれていた。
そして全て言い終わった後、張替が口を開く。
「ねぇ、ハル。私、バレてもいいよ」
「え?」
「アイドルのレッスンって大変だし、そのせいで友達とも遊べないし、業界はめちゃくちゃ厳しいし」
「な、何言ってるんだ……?」
「そう思ったらスッキリするな、うん」
張替はニコリと笑った。
「だから私、アイドル辞めてもいいよ」
「そ、そんなのダメだ! 僕が笑われにいけば全部解決するんだ、だから──!」
「私はハルに辛い思いして欲しくない!」
張替の抱きしめる腕にぎゅっと力が入る。
「大丈夫。大丈夫だから。もう頑張らなくて良いから」
僕の頭を撫でて何度も「大丈夫」と言った。
「ハルが辛いなら、私が何とかするから」
張替は「よし」と意を決したようにそう言って立ち上がった。
そしてあはは、と笑う。
「まぁもともと、私のせいなんだし」
彼女はそう言いうと歩いていった。
きっと僕のミスターコンへの出場を取り消しに行ったのだろう。
僕はその場に立ち尽くしたまま彼女を見送った。
彼女は独りで闘おうとしている。
なのに僕は──。
彼女は頑張らなくていいと言った。
私が何とかする、とも。
けど、その「何とかした」未来は。
彼女の努力も、時間も、想いも失くしてしまった未来なんじゃないのだろうか。
「嫌だ……」
いやだ。
嫌なんだ。
誰かが理不尽な目にあうのも。
ただ立ち尽くすだけで大切なものを守れないのも。
「それだけは、嫌だ」
僕は足元を見た。
足は無様に震えていて、力が入らない。
けど。
「ここで立てなきゃ、男じゃない」
★★★
教室へ戻って自分のカバンからワックスの制服取り出し、トイレへと向かった。
男子トイレの個室で男子の制服に着替える。
着替えが終わると、鏡の前に立って、自分を見つめた。
顔はさっきまで泣いていたせいで酷い有様だ。
「もう使うことは無いと思ってたんだけどな……」
手の中のワックスを見つめる。
昔の自分に戻るきっかけ。
正直、やっぱり怖い。
“あの頃”を思い出すと今も足がすくむ。
けど、もう立ち止まらない。
「僕は僕の大切な物を守るんだ」
クリームを手に取る。
そして自分の弱さを隠すように。
思いっ切り、髪の毛をかきあげた。
「──さあ、戻ってきたぞ。
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