宣戦布告
翌日、登校すると、予想に反して僕が教室に入っても静かだった。
(言いふらしたりしなかったのか……)
どうやら先輩は昨日の事を誰にも言いふらしたりしなかったらしい。
そんな律儀な先輩に嘘をついてしまったのを罪悪感を覚えつつ席へと座る。
「おはよーハル!」
「ああ、おはよう」
張替が僕の机までやってきて挨拶をした。
そして何故か後ろで手を組んだまま僕を見てにこにこ笑っている。
「……なに?」
「ううん、ハルだなぁって」
何だそれ。
時々よく分からない事を言い出すな張替は。
その時、教室のドア辺りが一気に騒がしくなった。
「奏雨君、いる?」
教室のドアに昨日の先輩が立っている。
クラスが一瞬静かになって、僕に視線が集中する。
先輩はその視線を辿って僕を見ると、ニコッと笑った。
「今、ちょっと大丈夫?」
「あ、はい大丈夫ですけど」
「ちょっと着いてきてくれない?」
口調こそ優しかったが、否と言わせない圧がそこにはあった。
「分かりました」
クラスが「何事だ」と見守る中、僕は立ち上がった。
隣の張替が心配そうに僕を見るが、「大丈夫だから」とだけ言って日下部先輩の元へと行く。
「着いてきて」
日下部先輩についていくと、張替に告白していたゴミ捨て場まで連れてこられた。
「改めて、俺は日下部凜月だ」
「奏雨遥真です」
「ああ、知ってるよ」
先輩はそう言って「早速本題だけど」と言ってから、
「俺と勝負しない?」
と言った。
「勝負?」
「文化祭の二日目にあるミスターコンは知ってるでしょ?」
「それがどうしたんです」
「そこで決めるんだよ」
日下部先輩はひと呼吸置いてこう言った。
「どっちが張替さんにふさわしいか」
「質問、いいですか」
「どうぞ」
「じゃあまず一つ。何でですか?」
「何でって、そりゃあ」
僕をつま先から頭まで舐めるように見る。
「今の君じゃ、彼女の隣に立つには相応しくない」
……ふん。そういう事か。
「嫌ですね」
キッパリ、とそう告げる。
まず僕が勝負を受けるメリットが全く無い。
そして、その上そもそもこの勝負は全く意味が無いのだ。
別に先輩が勝ったからといって、張替が先輩の彼女になるという訳では無い。
「へぇ」
日下部先輩は意外そうに眉を上げる。
僕が勝負から逃げるのが想定外のようだ。
「それだけですか? もう戻りますけど」
踵を返したその時。
「別に勝ち目が無いわけじゃないのに?」
ぴたり、と足を止めて振り返る。
「知ってるんだ。僕のこと」
「まあね。これでも君のファンだったんだ」
「適当な事を……」
僕がため息をついた時、日下部先輩が口を開く。
「じゃあ、俺が君の過去を言いふらすって言ったら?」
「別に変わりませんね」
僕が表情を変えず肩を竦めると、「これも駄目か」と先輩は呟いた。
言いふらされて困るような過去ではない。
現状がそのまま続くだけだ。
「じゃあこうしよう」
先輩が僕を指差す。
「君が彼女の彼氏だと言いふらす」
「……」
張替の彼氏が僕だと先輩が吹聴したら、どうなるか。
バカでも分かる。
張替はアイドルだ。こんなスキャンダルはネットですぐに拡散される事だろう。
そうしたらアイドルを続けていくことだって難しくなるのかもしれない。
僕が全校生徒の前で笑われるのと、張替のアイドル生命。
どちらを選ぶかは明白だ。
なるほど、これなら僕は勝負を受けざるを得なくなる。
「よく調べたみたいですね。僕のこと」
「ああ、まあね」
にこり、と笑う表情から真意は汲み取れない。
しかも食えないのはこの先輩、僕と張替が本当は付き合ってない事を理解して、その上で勝負を仕掛けて来ている。
何が目的なんだ?
(……まあいい。今は考えても分からない)
「分かりました。受けましょう」
「ありがとう」
勝負を了承すると、先輩はほっと息をつくが、僕は前もって一つ聞いておく。
「僕が勝ったら、どうして貰えるんです?」
「俺が二度と彼女に近づかない、噂も言いふらさない、とかどう?」
「そんな口約束を信じるとでも?」
「え? ああそうか。じゃあ俺が昔不細工でいじめられてたっていう話はどう?」
そう言ってスマホの画面を僕に見せる。
そこには今とは似ても似つかない太っていて、いじめられっ子の先輩がいた。
「なるほど、先輩も弱みを一つ見せると」
「ああ、そうだよ。これを言いふらされたくないから、僕は彼女の事を言いふらさない」
「……分かりました。それでいいでしょう」
少々提示されたカードが弱いが、まあいいだろう。
そもそもこの話は張替を引き合いに出された時点で受けざるを得ない。
(それに、先輩の目的はきっと──)
今度こそ安心したように笑う先輩に、最後に一つ釘を刺しておく。
「ただし、僕は元に戻りませんよ」
「そのままじゃ負けるのに?」
「別に負けても構いませんよ」
「がっかりだな。勝負する前に負けを宣言されるなんて」
日下部先輩が少し失望したようにそう言うが、僕は構わず今度こそ教室へと帰っていった。
僕は二度とあんな思いはしたくない。
だから、もう元には戻らない。
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