デマ
昼休みになる頃にはもう噂が広まっていた。
あの先輩、張替の事は言いふらさなかったのに、僕の事はしっかりと言いふらしたらしい。
「……ハル、ご飯食べよ」
「ちょっとパン買ってきていい?」
「あ、私も行く」
張替に断り、パン購買でを買おうと立ち上がり廊下に出た。
僕が通ると急に廊下が静かになった。
あちこちから突き刺さる視線。
「……」
噂によると、『何故か僕が張替に付き纏っていて、それを見かねた日下部先輩が勝負で引き剥がそうとしている』といったシナリオらしい。
いくら何でも尾ひれが付きすぎだ。
そんな事実は無いことを知ってるクラスの人達は同情的なのだが、津瀬やその他の張替を狙ってる男子達からはこれは好機と目の敵にされている。
視線の中を突っ切って購買まで行くと、手早くパンを二つ買った。そしてそのまま屋上へと向かう。
屋上に着くと、今まで無言で僕に着いてきた張替が口を開いた。
「……ねぇ、本当に大丈夫?」
張替は心配そうな表情で聞いてくる。
「慣れっこだよ」
僕は肩を竦めて答えた。
「いや、何で慣れてるの……」
「それよりほら、早く食べよう。お腹ぺこぺこだよ」
「……うん」
適当なベンチに座って昼ごはんを食べ始める。
「……」
「……」
しばらく二人とも無言だったので、話題を振る。
「そう言えば、文化祭の三日目にライブやるんだっけ?」
「え? うん」
張替はいきなり聞かれて驚いたようだが、次第に笑顔で説明し始めた。
「学校のお願いでね。メンバー全員で歌うんだ。いやー有名人は困っちゃうなー!」
「ははっ」
「何その棒読み!」
隣で張替が頬を膨らませて怒る。
さっきまでの空気が一瞬柔らかくなったその時。
「奏雨遥真!」
大声と共に、屋上のドアが勢い良く開かれる。
そしてガタイのいい坊主の男子生徒がずんずんと屋上へ入ってきて僕を睨んだ。
張替が僕の袖をきゅっと摘む。
「話は聞いた! 今すぐ張替さんから離れるんだ!」
「はぁ……」
「え? え?」
張替が困惑している中、僕はうんざりしてため息をついていた。
やっぱり居るよな、こういう奴。
「僕は張替に付き纏ってる訳じゃない」
「適当な事を言うな! 証言だってあるんだぞ!」
証言って。
そんな適当な事を言う奴も出てきたのか。
「だからそれ嘘だって」
隣の張替を指差す。
「僕が付き纏ってるように見える?」
僕の腕にしがみつく張替を見て、男子生徒は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに頭を振って僕を睨み直す。
「お前が脅してそうさせてるのかもしれないだろ!」
……まぁ、そう言うと思ったよ。
やっぱり、正しさ勘違いしてる奴が一番面倒だ。
「ほんと脳筋だな」
「なっ! お前!」
バカにしたように笑うと、男子生徒は顔を真っ赤にして僕の襟首を掴んだ。
「──全部分かってるから?」
立ち上がると、下から覗き込んで目を合わせる。
それだけで男子生徒はたじろいだ。
「っ‼」
「もう帰れ。どうせ張替にいいとこ見せたかったんだろうけど無駄だから」
「ちっ‼」
図星を突かれたのだろうか。男子生徒は案外素直に言う事を聞いて屋上から出ていった。
大きな音を鳴らしてドアが閉まる。
少しして、張替が申し訳なさそうに口を開いた。
「やっぱり私のせいで……」
「違うから」
「でも‼」
「僕がもっとマシな格好してたらこんな噂広まって無いし」
少しだけ話をずらして張替の話を切る。
きっと張替は自分のせいでこうなったと思ってるんだろうけど、実際僕がもっとマシな格好をしていて人望があったら、こんな根も葉もない噂は立っていない。
予鈴が鳴る。
「さ、教室帰ろ?」
「……うん」
張替はまだ何か言いたそうだったが、結局何も言わずに僕と一緒に教室へと戻って行った。
そして、この噂話は消えないまま文化祭へ突入する。
★★★
スポットライト。
ステージの上。
光り輝くペンライト。
異様なまでの熱気がライブ会場である体育館を飲み込んでいた。
「遥子ちゃん! 行くよ!」
「はい!」
勢い良く返事をする。
僕は今きらきらのアイドル衣装に包まれてステージの袖に立っていた。
前を向くと、そこには張替とアイドルグループのメンバー達。
僕とは違って、これからパフォーマンスをするというのに、緊張するどころか笑うくらいの余裕を持った雰囲気だ。
「流石現役アイドルだな」と感心していたその時、張替が振り返った。
「ハル!」
「……うん!」
ぱちん! と頬を叩いて気合を入れるとにっと笑う。
それを見て、張替もにっと笑った。
「よし! 行こう!」
張替の声と同時に、光の方へと走っていく。
(ああ、なんでこんな事になったんだっけ)
こんな事になったきっかけを思い出す。
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