恋人のフリ
「──櫻井?」
僕がそう言うと、メイド姿の櫻井は僕を見て表情を硬直させた。
「なっ、なんで君たちがここに……っ!」
「え、櫻井先輩なんですか?」
魚形が櫻井の顔を覗き込むと、櫻井は顔を真っ赤にして慌てて手を振った。
「いや、これには訳が! っていうか君もなんでそんな──ああもうっ! ちょっと付いてきて!」
「わっ! ちょっと!」
櫻井が僕の手を掴むと強い力で引っ張った。僕と手を繋いでいる魚形も一緒に連れられていき、路地裏まで連れて来られた。
「誰かに言ったら承知しないからな!」
開口一番、真っ赤な顔で櫻井は僕たちに詰め寄り、口封じをしてきた。
「いや誰にも言わないけど……」
「ほんとだな!? 言質は取ったぞ!」
「ていうかなんでコスプレしてるのバレたくないんだよ」
僕の言葉に櫻井は言葉を詰まらせ俯く。
「だって、私のイメージと違うし……」
「そうか……?」
「とにかく、絶対に誰にも言うなよ!」
「分かった、分かったって!」
「わ、分かりました!」
櫻井が強く念を押すので僕と魚形が頷くと、やっと櫻井は安心したように肩の力を抜いた。
壁に寄りかかると少し寂しそうな表情で僕達を見てくる。
「ちょっとがっかりしただろ?」
「え?」
「私にこんな趣味があったなんてさ」
ああ、何だそんな事を心配してたのか、櫻井は。
「別に、僕は全然そうは思わないけど? メイド服似合ってるし」
「私も凄くかわいいと思います!」
僕達の本心からのその言葉に櫻井はぱっと表情を明るくして嬉しそうに笑った。
「そっ、そうか! ありがとう!」
「それにしても何でメイド喫茶で働いてるんですか?」
「あ、ああ……それはだね──」
魚形が質問すると、櫻井は一気に上機嫌になり、自分のメイドについてのこだわりを語り始める。
「──だから大事なのは真心というわけさ」
「すごいです先輩!」
櫻井が語り終えると、魚形は感動したようにぱちぱちと拍手をした。
褒められた櫻井は照れて頭をかく。
「いやー、ちょっと熱く語っちゃったかな」
「いや、熱く語り過ぎだろ」
「む、だって今まで誰かに話したこと無かったし……」
櫻井がしょんぼりと肩を落としたので、罪悪感を覚えた僕は慌てて謝った。
「ああ、ごめんごめん! 僕が悪かった!」
「本当だよ。まったく……」
櫻井は怒った様子だったが、少しすると機嫌が良くなったようで、「そう言えば」と口を開いた。
「それにしても君も同志だったとはね」
櫻井が仲間を見るような目で僕を見てくる。
やめろ、そんなきらきらした目を僕へ向けるな。
「僕は自分からやってるわけじゃない」
僕の言葉に櫻井は物知り顔でうんうんと頷く。
「ま、最初は皆そう言うのさ」
「いや、やらないって」
「そうだといいね」
櫻井がにっ、と笑う。
その表情はいもより少し子供っぽくて、「やっぱりイメージ変わらないな」と心の中で僕は呟いた。
★★★
月曜日も放課後は文化祭の準備だ。
僕に振り分けられたのは、木材に釘を打ち付けるだけの簡単なお仕事。
コンコンと、ただ心を無にして金槌を振るう。
ああ、落ち着く……。
さすが分かっているな。
仕事を割り振ってくれた実行委員には感謝しないと。
「お、隅っこで頑張ってますなぁ」
張替がやってきて、ジュースの差し入れを僕にくれた。
「お、ありがと。でも隅っこは余計だ」
折角なので、壁を背もたれにして、皆が準備しているのを見ながら休憩する。
パキッとフタを開けて飲んでいると、張替も一緒に横に並んで座ってきた。
「みんな頑張ってるな」
「そうだねー」
張替が気の入っていない返事を返してくる。
ん? なんか今日は調子悪いのかな。
「張替は今何の仕事してるんだ?」
「私は今は雑用係。ハルは?」
「僕も雑用係だな」
「じゃあ一緒だ」
張替がふふっと笑う。
「じゃ、私そろそろ用事あるから行くね」
「ああ、頑張れ」
「……うん」
張替がどこか悲しそうな表情でそう言った。
やっぱり、何かあったのか?
その時、僕も声をかけられる。
「堀田君、これ捨ててきてくれない?」
「分かった。ごみ捨て場でいいんだよな?」
「うん仕分けが必要なのは入ってないから」
「了解。じゃ行ってくる」
メイド喫茶を作る過程で出たゴミや端材が入ったゴミ袋を持って、廊下へと出る。
何やら劇の衣装を着ている者。足りない材料を買い出しに出かける者。木材にペンキを塗っている者。
廊下には文化祭に向けての熱気が充満していた。
その中を進み、階段を下りてごみ捨て場まで歩いていく。
ゴミ捨て場についた。ゴミ袋を捨てようと持っていたその時、声が聞こえてきた。
何やらゴミ捨て場の奥で話している奴らがいるようだ。
存在に気づかれて、気まずくなるのは嫌なので、できるだけ音を立てずに近づく。
近づけば近づくほどその声は鮮明に聞こえてきた。
一人は男子で、もう一人は女子の声だ。
けど、女子の方はどこかで聞いたことがあるような……?
「──だからさ、頼むよ」
「──ごめんなさい」
近づいてみると、誰の声が気づいた。
この声、張替の声だ。
悪いとは思っていても、どうしても気になって、影から覗いてしまう。
そこにいたのは、張替と、前にぶつかった三年生の先輩だった。
文化祭に向けて一緒に回る彼女を作りたい、といったところだろうか。
まあ張替はモテるしな。こういう事もあるんだろう。
(……? 何だこの気持ち)
そう考えて納得しようとするが、何かが胸につっかえたような気分だ。
「彼氏とかいないんでしょ?」
「あ、ええと……」
先輩の押しが強く、張替は困惑している様子だ。
何だか胸はモヤモヤするが、こうやって告白現場を覗くのは趣味が悪い。
取り敢えず離れよう。そう思ってゆっくりと後退する。
その時。パキッ、と足元の小枝を踏んでしまった。
二人が僕の方を見る。
「あー、えっと……」
何か言おうと必死に頭を回転させる。
張替は僕を見て、一瞬驚いたような表情になる。
そして何かを思いついたかのように、僕を見据えてずんずんと歩いてきた。
僕の肩にポン、と手を置く。
「これ、私の彼氏です!」
「は?」
「え?」
先輩と僕の声が重なる。
「じゃ、そういうことですので」
張替が僕の手を強く引いて歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って張替!」
慌てて制止するも、張替は無言でつかつかと歩いていく。
そのまま例の空き教室までやってきてやっと張替は止まると、振り返ってぱしん! と手を合わせた。
「ごめんっ!」
「いや、どういうことだよ」
「ちょっと前から先輩に告白されてるの」
「はぁ」
「いつもなら一回断ったらそれで諦めてくれるだけど、先輩は全然諦めてくれなくて……」
ああいうふうに最近はずっと呼び出されては告白され、文化祭を周ろう、と言われ続けていたそうだ。
いや、何回断られても続けるってメンタルどんだけ強いんだよ先輩。
「いや、そもそも張替はアイドルだろ」
「うん、だから先輩の前でだけでいいの。……恋人のフリ、頼めないかな?」
張替が上目遣いにお願いしてくる。
けど、これを断ったらどうなるのだろうか。
さっき見たとき、張替は押し切られそうになっていた。張替は案外、押しには弱いのかもしれない。
張替が、見知らぬ誰かと一緒に文化祭を周るぐらいなら。
「……まあ、先輩にああ言った手前、嘘でしたなんて言えないしな」
「ほんとに……!? ハルありがとー!」
了承すると、張替が勢い良く抱きついてきた。
「うわっ! 離れろ!」
「えへへ、やっぱり優しいねハルは」
「だから離れろって!」
制服に頬を擦り付けてくる張替の顔を見る。
その表情はとても安心したような笑顔になっていた。
僕はそれを見て少しだけ笑う。
それを見て張替が「あ」と言った。
「なんだよ」
「いや、ハルが笑うの珍しいなーって」
そう言うと、張替はぴーん、と何かに気づいたように表情を変えて、にやにやと笑った。
「もしかして私みたいな美少女と付き合えるこの状況、ハルも楽しんでるんじゃな〜い?」
「べ、別に楽しいなんて思ってない!」
「ほんとかな〜?」
「そもそも、張替みたいな美少女と付き合えるんだったら誰でも嬉しいだろ!」
張替が表情を一変させ、頬を赤らめる。
「そ、そっか……」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
「よ、よし戻ろー! 準備しないとね!」
「ああ、そうだな! サボっちゃったし、その分働かないとな!」
(何なんだよ今の空気……!)
二人して、さっきまでの空気をかき消すようにテンションを上げて、教室まで戻っていった。
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