昨晩勉強していて分からない事があったので、次の日私は奏雨先輩に質問しに行く事にした。


 お昼休みの時間に奏雨先輩のクラスへと歩く。

「奏雨せんぱーい」

 教室のドアから中を覗くが、奏雨先輩の姿は見当たらない。どこかへ用事に出かけたのだろうか。


「あ」

 きょろきょろと辺りを見渡していたところ、張替先輩に手を引っ張って連れて行かれる先輩が、廊下の先に見えた。

 小走りで二人に着いていく。

 張替先輩がずんずんと進むので、見失いそうになりながらも見失わないように歩く。


「あれ?」

 廊下の角を曲がると、二人の姿が忽然と消えてしまっていた。

 とうとう二人を見失ってしまったようだ。

 廊下を見渡しても二人はいない。


(どこだろ)

 暫くの間色んなところを探してみた。

 が、見つけることは出来なかった。

「はぁ、一旦帰ろ」

 見つけられなかったことに落胆して、踵を返そうとしたその時。


「ごめん! ちょっと取ってくる!」


 この声。

 張替先輩の声だ。

 咄嗟に振り返ると、張替先輩が空き教室から飛び出してきた。そして私には気づかずに何処かへ行ってしまう。


 今張替先輩が出できたということは、多分ここに奏雨先輩がいるのだろう。

 少しだけお邪魔して……。


「あのー、奏雨せんぱ──え?」

 教室の中を覗く。


 黒くて長い髪にすらりと伸びた長い脚。

 中にいたのは遥子先輩だった。


「は、遥子先輩!?」

 私はびっくりして声を上げるが、彼女も驚いたようだ。目を開いて私を見ている。


「え、いつ来たんですか!?」

「えっと、今日はいろいろ提出物を持ってくる日で……」


 まさかこんなところで出会うとは。

 ……ん? でもさっきいたのは奏雨先輩の方だったような?

 ……まあいいか。


「あっ、そうだ! 遥子先輩、前はありがとございました!」

「ううん、気にしないで」

「いえ、今度しっかりお礼を──」


 ──させて下さい。


 そう言おうとして近づいた時。

 ずるり、と足が滑った。


 いつの間にかプリントを落としていたらしい。

 プリントで足が滑って、体勢を崩す。


 倒れていく中で遥子先輩の「危ない!」という声が聞こえた。


 どしん! と倒れ込む音。


(あれ……?)

 思ったほど痛くなくて、不思議に思った私は目を開けた。


「いたた……。大丈夫?」

 見上げると目の前に遥子先輩の顔。

 目が合った。


 一瞬、どういう事が起こったのか分からなかった。


 落ち着いて状況を整理してみる。

 今は二人で一緒に横に倒れていて。

 遥子先輩の腕の中にいる私。


 そこでようやく、今の状況を理解した。


 今、遥子先輩に抱き締められていることが分かって、どんどんと私の顔が赤くなっていく。


「わ、私もう行きます!」

 なぜだか妙に恥ずかしくなって、テンパってしまった私は、慌ててその場を離れた。


 教室を出て無我夢中で走る。

 

 いつの間にか、私はどこかの階段の踊り場まで来ていた。

 そこでようやく立ち止まって、今起こった事を思い出す。


「うう……」

 やってしまった。

 お礼も言わずに逃げだしちゃうなんて。

 

 息を整える為に壁に寄りかかった。

 何回かゆっくりと深呼吸する。


 しかし、何度やっても鎮まらない動悸に胸を押さえた。

 逃げ出してからずっと胸の奥が苦しくて、ずるずると壁を背にして座り込んでしまう。


 体が熱い。

 心臓がずっとバクバクしてる。


「こんなのって、まるで」


 ──恋じゃないか。

 

 それは言葉にすると、すんなりと私の中に収まった。

 ああ、そうか。

 そういうことなんだ。

 この胸の苦しさも。今火照って収まらない頬の熱も。



「私、女の子好きになっちゃった……」



 私の声が、静かな階段の踊り場に反響した。

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