下校と女装
「やっと終わったー!」
最終下校時間を告げるチャイムが鳴って、僕達は駅までの道程を歩いていた。
「疲れましたねー」
「ああ、櫻井は中々スパルタだ……」
「あはは、僕達と一緒だ」
魚形と古木はぐったりとしているが、風間は疲労を感じさせていない。
よし、明日はもっとキツくしてやろう。
僕の横で櫻井も、前でテンション高くはしゃぐ四人を見て、深く息を吐いた。
「いやいや、教えるって大変だ。改めて先生方の大変さが思い知らされるよ」
「確かにな」
櫻井がぴん、と指を立てて「そう言えば」と言う。
「君がこんな事してるなんて意外だよね。いつも一人だったのに」
「……別にいいだろ」
「うんうん。未来の夫が社交性を身につけるのはいい事だな」
「だから違うって……」
何回目だこのやり取り。
「成り行きだから。僕が能動的に動いた訳じゃない」
櫻井が僕を見上げると肩を竦めた。
「ま、そういう事にしといてあげようかな」
「なんだよ」
「いや、良かったなって。あれから君は一歩を踏み出せたみたいで」
ぴたり、と僕は歩くのを止める。
櫻井も合わせて足を止めた。
「……別に、何も変わってない」
「いいや、大きな一歩さ。一年前に比べればね」
「……もう行くぞ」
強引に話を打ちきって歩き出す。
「これも、張替さんのおかげなのかな」
すれ違いざま、櫻井はそう呟いた。
★★★
次の日。
「お願いっ! ちょっとだけでいいから!」
ぱしん! と目の前で張替が手を合わせてお願いしてくる。
今はお昼休み。
休み時間に入るや否や、僕は張替に例の空き教室へ連れ出されていた。
「女装してくれない?」
「えー、やだよ」
「そこを何とか!」
「そもそも何でこんなに急に?」
質問すると、張替が寂しげに目を伏せて呟く。
「最近会えなかったから」
「最近って、この三日間だけだろ」
「ほんとにちょっとだけだから! お願い!」
まぁ、すぐ終わるなら……。
またところ構わずお願いされるのも面倒だし。
「……ほんとにちょっとだけだからな」
「ありがとハル!」
張替は慣れた様子で道具を取り出し、すぐに女装の準備は整っていく。
僕の方も慣れた手つきで女子の制服に着替えていく。
こんなの慣れたく無かった……。
「はい、終わったよ」
目を開けると、急に張替が抱きついてきた。
「うわっ!」
「ああー、やっとだぁ……」
すりすりと僕の頬に彼女の頬を擦り付けてくる。
僕といえば棒立ちで張替のなすがままにされていた。
たまに首に顔を近づけてスーハーしているが、我慢だ我慢。
早く終わってくれ……。
それから五分みっちりと抱きついてから、張替はやっと離れた。
「はー、充電完了! ありがとねハル!」
「ああ、どういたしまして……」
「それじゃあ最後に写真を……」
張替が自分の鞄のある所へとてとてと走り、がさごそと中を漁る。
そして叫んだ。
「あっ、スマホ教室に忘れた! ちょっと待ってて!」
そう言い残して張替は慌てて教室を出ていってしまった。
「あっ、ちょっと!」
張替が出ていったことで急に静かになる空き教室。
「はぁ、忙しないな」
そう言ってため息をついた時、がらがらと教室の扉を開いた。
「なんだよ張替また──」
「あのー、奏雨せん──」
入ってきたのは魚形だった。
僕を見ると目を見開き、持っていたプリントをはらりと落とした。
「は、遥子先輩!?」
魚形が女装姿の僕を見て叫んだ。
「あー……、えっと。こんにちは」
「えっ、いつ来たんですか!?」
「今日は色々提出物と持ってくる日で……」
魚形は「あれでもさっきいたのは奏雨先輩……」と一瞬唸ったが、すぐに何かを思いついたようだ。
「あっ、そうだ! この前はありがとうございました!」
「ううん、気にしないで」
「いえ、今度しっかりお礼を──」
そう言って一歩踏み出した時。
魚形が地面に落としたプリントを魚形が踏み、足を滑せた。
「わっ!」
「っ! 危ない!」
僕は咄嗟に、魚形を支えようとして手をのばす。
「うわっ!」
魚形の手を掴んだのはいいものの、僕も同時に体勢を崩してしまい、二人一緒に倒れ込んでしまう。
──せめて頭を!
魚形を抱き寄せた。
「痛たた……。大丈夫?」
腕の中にいる魚形を見ると、何が起こったのか理解出来ていないような表情だった。
至近距離で目と目が合う。
お互いの吐息が感じられる距離。
魚形は僕の顔を見て何があったのか理解すると
どんどん顔を赤く染めていった。
「あっ、あの私! もう行きます!」
「ちょ、えっ?」
そう言って魚形は急いで立ち上がると、走って教室から出ていってしまった。
「行っちゃった……」
「今、未空ちゃんが出てきたんだけど……、どうしたの?」
タイミングよく、張替がひょこ、とドアから顔を覗かせる。
「わかんない……」
僕は呆然とそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます