説得★

「では、今から罰ゲームを告げます!」

「はいはい」

「女装して、私と一緒に校内を歩く!」

「えぇー……」


 僕は先日やる事になった“罰ゲーム”の内容にガクンと項垂れる。


 今は放課後。

 魚形に勉強を教えていたところ、張替に呼び出された僕は魚形に自習を命じて図書室を出た。

 そして今は空き教室の前で、罰ゲームを告げられている。


 なぜこうなったのか。


 先日、休日に魚形や櫻井、風間たちと勉強会をしようとファミレスに集まった時の事だ。

 最初の方は順調に勉強していたのだが、途中から僕と櫻井以外は集中力が切れていしまい、息抜きをしようという話になった。

 恐らく確信犯であろう古木が取り出したのはいくつかのボードゲーム。


 僕はまだ勉強したかったが、押しの強い風間と古木に説得されて渋々参加させられた。そしてやってみると結構面白く、二時間、三時間と熱中してしまった。


 その際、なんやかんやあって、ゲームに負けた僕は張替に罰ゲームをさせられることになったのだ。


「校内を歩くってリスク高すぎじゃない?」


 僕の女装がバレた時の事をかんがえると、罰ゲームの内容が重すぎる気がするが……。


「だいじょーぶ! 女装したハルは絶対にバレないから!」


 どうやら、バレないと確信しているからそれほど重いとは思っていないらしい。


「いやでも…」

「大丈夫だって! 女装したハルはいつものハルと天と地の差があるから!」

「おいそれは失礼だろ!」

「絶対、ぜったいにバレないから!」


 背中を押されて空き教室へと押し込まれる。

 そして女物の制服を手渡された。


「じゃあよろしく!」


 ぴしゃりと扉を閉めて張替は空き教室から出ていった。


「確かに別人に見えるけどさ……」

 ま、張替の言うとおり、女装した僕と奏雨遥真を結びつける人はないだろうけどさ。

 僕はため息をついて着替えを始めた。



「張替、着替え終わった」


 扉を開けて、待っていた張替に着替えが終わった事を告げる。


「はいはーい。じゃあ次はメイクね」

「了解です」


 いちいち反抗しても結局女装させれる事は分かっているので、僕は大人しくメイクが終わるのを椅子に座って待つ。


「ぃよし! 可愛くなったよー!」


 メイクが終わると、張替は椅子から立つように促した。


「ほらほら、ハル。一緒に行こ?」

「了解……」


 椅子から立ち上がり、廊下に出た所で、隣の張替が僕に腕を絡めてきた。


「な、何するんだよ!」


 もう何でも来い、という心構えの僕だったが、これには流石に僕は反応してしまう。

 張替は、はて? と首を傾げた。


「別に女の子同士なら普通だから、傍から見てもおかしくないと思うけど?」

「周りの反応の事は言ってない!」

「まーまー細かい事は気にせずに。これも罰ゲームの内だよ」

「ぐっ……」


 罰ゲームの内だと言われると反論しづらい。


「よし! 一緒に歩こうねぇ」


 ニコニコ顔の張替と一緒に校内を歩いていく。

 そしてある程度校内を回ると外に出た。

 すると、びゅう、と強い風が吹く。

 僕はぶるっ、と体を震わせる。


「そういえば今日は寒いな……」


 今日は気温が低い上に、風も強い。

 スカートに生足の今の僕には中々辛いものがあった。

 そんな日に女装させてしまった罪悪感はあったようで、張替は申し訳なさそうな表情になった。


「確かにそうだよね……。あっ! じゃあ何か温かいもの買ってきてあげる!」

「え? いやいいよ」

「ハルにちょっと申し訳ないことしたし、私もちょうど寒いなって思ってた所だから」

「……じゃあお言葉に甘えて」

「じゃ、行ってくるね」


 駆け足気味に歩いていく張替を見送る。


「ふー、疲れたー……」

「?」


 その時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので、振り返って確認する。


「なっ!?」

 僕が振り返ったその先。

「あれ、遥子先輩……?」


 魚形そこにいた。


 魚形は、最初は無表情だったが、僕と目が合うと、徐々に表情を明るくして行く。


「遥子先輩だ……!」

「あぁ、えっと……」

「今日は来られてたんですね!」

「う、うん……」


 魚形は僕にくっつくぐらいまで近づいてきて、顔を覗き込む。

(ちょ、あんまり見られると……!)


「魚形さんは何してたの……?」

「私ですか? 私は今勉強してたんです」


 へぇ、僕がいない間もしっかり勉強してたんだ。

 僕はすこし感心した。

「そうなんだ。偉いね」

「えっ!? いやいや! 私なんてまだまだですよ!」

「そんな事ないと思うけど?」

「いや、私なんて教えて貰って迷惑かけてばっかりで……。頭も悪いですし──」

「魚形さん」


 僕が彼女の言葉を遮ると、ぱちぱちと不思議そうに目を瞬かせた。


「は、はい……?」

「……私はそうやって自分の苦手な事を克服しようとしてるとこ、やっぱり凄いと思うよ」


 そこで言葉を区切る。

 魚形の、苦手だからと諦めず克服しようとする姿勢は本当に凄いと僕は思う。


(あれから何も前に進めない僕と違って)


 心の中で自嘲気味に笑うと、魚形の目をしっかりと見据えた。


「だから、頑張ってる自分を卑下しちゃ駄目だ」


「……そっか。そうですよね。ありがとう、ございます……」


 魚形はそう言って俯くと、そのまま動かなくなってしまった。


 ……え? 何か僕おかしなこと言った?

 いや、そうか。遥子の僕と魚形はほとんど初対面だ。

 なのにこんな事言われたら確かにアレだよな……。


 うわ、急に恥ずかしくなって来た。


「ご、ごめん魚形さん! 偉そうな事言って!」


 慌てて魚形に近寄って謝ると、魚形はぱっと顔を上げた。


「え?」

 ……あれ? 魚形、なんか顔が赤いな。


「大丈夫?」

「……ごめんなさい! 失礼します!」


 魚形はそう言うと、一目散に走ってどこかへ行ってしまった。


 魚形が走り去った後、僕は呆然と呟く。

「や、やっちゃった……」

 これ、完全に嫌われたぞ。

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