夜の遭遇
「それで、どこが分からないんだ?」
「全部です」
「は?」
「だから全部です」
「……えっと、全部、っていうのは」
「全教科です」
「……」
笑顔が固まるのが分かった。
……ふぅ、落ち着け。
うんうん、なるほどね。
全教科か。
……ギリギリ致命傷だな。
罪滅ぼしは容易にはこなせない、ということらしい。
分かりやすく動揺した僕を見て、魚形が申し訳なさそうに俯いた。
「すみません。やっぱり──」
「いや、大丈夫だ」
「え?」
「テストまでまだ二週間あるから、まだ間に合う」
僕が安心させるようにそう言うと、魚形はぱぁっと表情を明るくさせた。
「ありがとうございます!」
「けど、みっちりやるからな。覚悟しとけよ」
よし、そうと決まれば、まずは僕が教えなくても勉強できる暗記科目からだな。
「学校で配られた日本史の一問一答は持ってる?」
「はい!」
魚形が鞄からごそごそと一問一答を取り出す。
「それの使い方だけど、いつもどれぐらいやってる?」
「テスト範囲を一周してます」
「よし、今回は最低十周はする」
「ええ!? そんなにですか!?」
「ああ、テスト範囲ぐらいならそんなに時間は取らないし、まだ二週間ある。出来るさ」
「分かりました……。がんばります!」
「やり方だけど、普通にやっても効果は薄い。大事なのは流れを思い浮かべながら解く事だ」
「流れ、ですか?」
「ああ、ていうのも──」
そうして僕と魚形の勉強会は始まった。
★★★
魚形との勉強会が終わって、家に帰ると僕は自分の勉強を始めた。
学校であまり出来なかった分ここで取り戻さないと。
それから暫くして。
勉強を一段落させると椅子の背にもたれて伸びをする。
「……コンビニ行こ」
気分転換にコンビニへ行くことにした。
適当にサンダルを履いて外に出る。
夜のひんやりとした空気で、勉強して熱くなった頭を冷やしながらコンビニへと向かう。
「あれ、奏雨先輩?」
振り返ると、そこにいたのはジャージ姿の魚形だった。今まで運動していたのだろうか、息が上がっている。
「あれ、魚形? なんでこんなとこに?」
「私の家、ここらへんなんです」
「え、そうなの!? 僕もこっから五分ぐらいだ……」
「ええ! ホントですか!?」
僕がそう言うと魚形も驚く。
まさかこんなに近くに住んでいたとは……。
「うわー、偶然ですね」
「確かに」
魚形がふと思いついたように僕に聞いてくる。
「先輩は何処に行かれるんです?」
「コンビニかな。勉強の息抜き行こうと思って」
「あ、私も同じです。息抜きにランニングしてました」
魚形が「ちょっと疲れちゃって」と言って頭をかく。
「一緒に行ってもいいですか?」
「別にいいけど」
「ありがとうございます!」
魚形と一緒に並んでコンビニまでの道を歩いていく。
……なんか緊張してきたぞ。
僕の人生の中でこんな夜に女の子と二人で歩く事なんて無かったからな。
しかも魚形は美少女だ。
緊張を誤魔化すために魚形に話しかける。
「コンビニで何買うんだ?」
「えっ?」
しまった。この質問はちょっとキモいか。
「いや、奢ってやろうと思って」
「いやいや、そんなのいいですよ」
「遠慮すんなって」
そうやって奢る奢らないの問答をしていると、最後は魚形が折れた。
「じゃあ、肉まんで」
肉まんかよ。なかなか食いしん坊なチョイスだな。まあ魚形は運動してるみたいだし大丈夫なんだろう。
「了解」
コンビニへ到着すると、ブラックコーヒーを持ってレジへと並ぶ。
肉まんも一緒に買ってコンビニを出た。
コンビニの駐車場にある、鉄の棒のようなものに腰掛けて待っていた魚形に肉まんを渡すと、僕も隣に腰掛ける。
レジ袋から取り出したブラックコーヒーを見て、魚形が大げさに驚いた。
「わ、先輩ブラック飲めるんですか!?」
「まあな」
「おとなだ……」
「大人の基準低くない?」
コーヒーのプルタブを開けて飲む。魚形も肉まんにはむっと噛み付いた。
「おいひーです〜」
肉まんを食べて魚形が幸せそうに頬を緩める。
暫くなんともまったりとした時間が流れていく。
その時、横にいた魚形が突然話し始めた。
「今日友達からも勉強教えるの匙投げられちゃって」
「ま、僕も大分苦戦してたしな」
僕の言葉に魚形があはは、と笑うがすぐに真面目な表情になって目の前の肉まんを見つめる。
「私、勉強の才能無いんだって思ってたんです」
そして表情をぱっと明るくさせる。
「だから、先輩が大丈夫だ、って言ってくれた時は本当に嬉しかったです」
夜のコンビニ。窓ガラスから漏れた光に照らされた飛び切りの笑顔で、魚形はこう言った。
「明日からもよろしくお願いしますね」
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