後輩のお迎え

 その次の日の放課後。

「奏雨せんぱーい! お迎えに来ましたよー!」

 魚形が教室のドアの前で叫ぶ。


 その大声に何事かと魚形に教室中の視線が集まった。

 うわぁ、行きたくない……。

 あそこにいったら絶対に悪い意味での注目の的だ。

 でも、名前呼ばれてちゃってるしなぁ。


 そう思っていると、魚形は僕を見つけてぶんぶんと手を振った。

「あ、奏雨先輩!」


 すると教室中の視線が僕の方へ向いたので、慌てて魚形に駆け寄る。

「ちょ、声が大きいって!」


 声を小さくするよう言うも魚形は元気よく僕へと話しかける。

「今日も手取り足取り教えて下さいね!」

「勉強をね! 勉強を!」


 何か誤解されそうな事を言う魚形に、僕は大きな声で訂正を加えた。


「誤解されるような事を言うな!」

「へ? でも昨日の夜は──」

「よし! 図書室に行こう! 早く行こう!」


 もう早く図書室へ行こう。

 これ以上ここにいたら何を言われるか分かったものじゃない。

 魚形の背を押して図書室へと向かった。


 これ以上、「クズ」とか「犯罪者」とか聞きたくない……。




★★★




「……」

「……」

 図書室へ行くと、古木と風間が机に突っ伏していた。

 僕と魚形は無言で二人を見下ろす。


「二人とも何やってんの……?」


 僕がそう聞くと、古木が顔をこちらに向けて答えた。

「俺達、成績が悪くてさ……」

「……へぇ、そうなんだ」


「誰か、勉強教えてくれないかなー、なんて」

 風間がそう言って僕をチラチラと見てくる。

 非常に鬱陶しい。


「そっか。じゃあ頑張れよ二人とも」

 爽やかな笑顔を浮かべて通り過ぎようとしたところ、古木と風間が飛び起きて僕の腕を掴んできた。


「頼む奏雨! 頼れるのはお前だけなんだ!」

「お願い奏雨くん! ゲームしすぎて全然ついてけないんだよ!」


 風間お前は自業自得だろ!


「ダメだ。これ以上問題児なんて抱えられないぞ!」

「私、問題児だったんだ……」


 魚形が衝撃を受けたように呟く。

 いや、自覚無かったのかよ!

「そこを何とか!」

「お昼ご飯奢るから!」


「分かったから! 寄るな暑苦しい!」


「ほんとか!? サンキューな奏雨!」

「ありがとう奏雨くん!」


 途端にうるうるを目を潤ませ、僕が救世主であるかのように見上げる二人。


「魚形は大丈夫?」

「はい! 仲間がいると心強いです!」


 事後報告だが一応聞くと、魚形はぎゅっと両手の拳を握って了承してくれた。

 二人に向かい合って座ると、魚形も僕の隣に座る。


「じゃあ二人は何処が分かんないのか教えてくれる?」


 風間と古木が僕の質問に元気よく答えた。


「全部!」

「全部だな」


「……」


 やっぱり前言撤回していいですか。

 あまりの絶望感に呆然として天井を見上げた。  


 どうしたものか。

 正直魚形を教えるので手がいっぱいなんだけど……。


 そう考えていると、誰かが僕の顔を覗き込んで来た。


「わっ」

「うわっ!」

「えへへ、来ちゃった」


 覗き込んで来た張替は、イタズラが成功したように笑った。

「今日は仕事じゃなかったのか?」

「無くなっちゃった。だから勉強教えて貰おうと思って」


 うんうん。なるほど張替もね。

「はぁぁぁぁ……」


 今度こそ僕は完璧に絶望した。


 申し訳ないけど、三人の誰かには謝って──


 そう考えていた時。



「話は聞かせて貰ったよ、戦友!」



 図書室の扉の前。

 黒いショートの髪に、ピンクのカーディガンを着て、勝ち気な表情を浮かべた小さな背の少女。


 櫻井優依が、そこにはいた。

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