休日とメイクアップ

 休日。

 勉強にはもってこいの日。

 今までは休日は家で朝から晩まで部屋で勉強するのが常だった。

 しかし、今日はそうではないらしい。


 朝の十時。勉強が一段落して休憩しようと、インスタントコーヒーを入れていたところ、玄関のチャイムが鳴った。


 生憎、姉と妹がいるがどちらもインドア派なので二人の友人だという線は薄い。


(宅配便か?)


 ソファにだらしなく寝転がっていた妹の真那が「お兄ちゃん行ってきて〜」と僕に言う。

 上の階にいる姉は無言のままだ。

 仕方なく僕が玄関へと向かい、扉を開ける。


 すると、そこにいたのは私服姿の張替だった。


 いつもの制服姿はかわいい、といった感じだが、今日の張替は大人っぽい雰囲気の落ち着いた服を着ている。


 そう。確かに今日は張替と出かける約束の日だ。


 だけどなんでこんな早くに?

 少し、約束した日のことを思い出してみた。




 張替を怒らせて約束させられたその日、家に帰ると、スマホが急に振動した。


 手に取ると、『今週末、君の家によっていってもいい?』と張替からのメッセージ。

 別に家に来られて困ることはないので、『いいけど』と返す。




 このようなメッセージアプリでのやり取りの結果、僕の家に張替が来ることになったのだっだ。


 しかし、よく考えてみると、あまり友達と遊んだことがない僕でも、これはすこしおかしいなと感じる。


 そして、さらにおかしいのは張替が約束よりも随分早く来たことだ。張替みたいな人間はちゃんと、早目に来るなら連絡するはずなのに……。


「早くないか?」

「まあ、準備があるからね」

「準備?」


 何のことだろう。僕の家で出来る事ってそんなにないはずだけど。


「これ」

 張替が笑顔で持ってきた紙袋を持ち上げた。


「女装、しないとね」


「は!? ここでするのか!?」

「うん、だから早く来たんだ」

「いや、そんなの聞いてないって!」


 いやいや、と手を振って拒絶すると、張替はむっと頬を膨らませて怒った。


「今日一日、私に付き合ってくれる約束でしょ」


「うっ」

 確かに付き合うとは言ったのだ。

 だけど女装までするって聞いてない!


「で、でも家で女装は──」

「ちょっとお兄ちゃん、うるさ──」


 ちょうどその時やってきた妹が、玄関の張替を見て固まった。


「こんにちは、張替恋羽です」

「え、はい奏雨真那です。こんにちは」


 しばらくぼーっとしていたが、ハッと我に戻ると僕に顔を寄せてひそひそと話してきた。


「ちょっと誰この人! なんでお兄ちゃんにこんな美人さんの知り合いがいるの!?」


「そんなの僕が知りたいぐらいだよ!」


 二人で声を潜めて話していると、張替が真那へと話しかけた。


「遥真くんのお部屋にちょっと用があるんですけど、今上がっても大丈夫ですか?」

「あ、はい大丈夫です! 散らかってますけどどうぞ!」

「おっ、おい!」


「うるさい! 地味なお兄ちゃんにこんなチャンス滅多に無いんだからさっさと行く!」


 ぐいぐいと真那に背中を押され、バタン、と二人で部屋に入れられた。


「……」


「これで、心置きなく女装できるね♪」


 くそっ! 真那に話しかけたのはこのためか!

 張替が、持ってきた紙袋から女装道具を取り出して、にやりと笑った。




★★★




「はい、目開けて」

 目を開けると、そこにいたのは美少女だった。


 肩ほどまでの髪の長さのウィッグに、編み込みなどのアレンジをされている。服装に関してはこの前は清楚、といった感じだったが、今日はより可愛さを強調しているフェミニンな感じだ。


「ああ〜っ! ハルかわいいっ!」

「うわっ!」

 がばっ! と張替がいきなり後ろから抱きついてくる。

 胸が! 胸が当たってるから! しかも、ハルって僕の名前か?

 疑問が浮かんだが、目の前の事態に混乱してよく考えられない。


「ちょ、離れろって!」

「短い髪も似合うなんて、ハルは最高だよ〜」


 どうにか引き剥がそうとするけど、張替はなかなか剥がれない。僕は男子でも非力な方だけど、ちょっと力おかしくない?


 結局、張替は満足するまで離れなかった。

 僕は椅子に、張替はベッドに座り、二人向かい合っている。


 ちなみに足は閉じている。

 なぜかと言うと、今はスカートなので、いろいろと見えてしまうのだ。


 ちらりと見えてしまった時の、張替の捕食者の様な目が忘れられない。


「で、ハルってなんだよ」


「折角女の子になったのに遥真くん、じゃ台無しでしょ?」


「いや別に僕は──」


「私」

 一人称を指摘される。


「わ、私は女の子っぽくなりたいわけじゃない……」


「私のことも、恋羽って呼んでもいいよ?」


「別にいい」


「むーっ!」


 張替が頬を膨らませて怒るが、いつもと違って迫力は無かった。


 そう言いながら、張替は女装道具をテキパキ片付けていって、直し終えると立ち上がってこう言った。


「よし、じゃあ出かけよっか!」


 遂に来たかこの時が。


(家族に見られたくない……!)

 

 両親はたまたま出かけていて今は家にいないが、妹や姉に女装してることがバレたらと思うと、背筋が寒くなる。


「なぁ、ちょっと上着とか……」

「よし! 行こー!」

「ちょ、ちょっと待って──うわっ!」


 張替はもう我慢できないといった感じで、僕の手を強く引いて部屋を出る。そしてそのまま階段を下りて、玄関へと向かった。

 ちなみに、全く抵抗出来ない。

 さっきも思ったけど、力強すぎない!?


 遂にリビングの前を通った。

 何故か部屋から出てきていた姉と妹がぎょっとした表情で僕を見た。


「見ないでくれ……」


 見られた。

 せめてもの抵抗で、掴まれてない方の手を顔に翳す。

 二人はポカーンと口を開けたまま、僕達を見送った。




★★★




 兄に美少女が訪ねてきた。

 地味な兄が、こんなに可愛い子を連れてくるなんて。

 いや、私たち姉妹が美人なので、顔立ち自体は別に悪く無いのだが、長い前髪と眼鏡のせいでいかんせん地味に見えてしまうのだ。


 とにかく、兄の春は今だ。


 折角のチャンスが無駄にならないよう、私は兄を無理やり部屋へと押し込んだ。


「ふぅ、いい仕事をした」

 汗を拭ってソファに座る。

 上手くいくように、と心の中で祈りながらスマホへと意識を落とした。


 しばらくして、扉が開く音がした。

 

 今まで寝てたせいでボサボサの髪をかきながらお姉ちゃんが降りてくる。


 一瞬身構えたが、姉と知ってすぐに緊張を解いた。


「だれかきたの〜?」


 お姉ちゃんは眠たげに目をこすって、冷蔵庫から牛乳を取り出し、直接口をつけて飲んだ。

 同時に背中を反ったことで大きな胸が強調される。


 なんで、お姉ちゃんはあんなに大きいのに私は……。


「お兄ちゃんの知り合いだって」

「え、あの子にそんなのいるの?」

「しかも、めちゃくちゃ可愛い」


「あんた、実はまだ寝ぼけてんじゃないの?」


 そんな事を話していると、また扉が開く音がした。


 階段を下りる、二人分の足音。

 ごくり、と唾を飲む。お姉ちゃんも少し緊張していた。


 リビングの前を通ったのは、二人の美少女だった。

 一人はさっきの張替さん。そして謎のもう一人は涙目で恥ずかしそうに俯き、張替さんに手を引かれるままについていっている。


 …………え? 誰?


 兄と美少女を部屋に閉じ込めて、出てきたのは美少女二人。


 理解不能の事態に、無言で二人を見送る。

 玄関の扉が閉まる音。


「あんた、お客さんはあの子一人って言ったよね……」

「ってことはやっぱり……」


 そこから導き出される答えは。



「「えぇぇぇぇぇっ!?」」

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