買い物とナンパ

 ショッピングモール。

 家を出て、電車に揺られること十五分。今までの僕には全く縁のなかったところに来ていた。


 今は張替と並んで店を回っている所だ。


 僕はきょろきょろと辺りを見渡す。

 電車に乗ってる時も感じたけど、何か視線が大いに気がする……。


「なぁ、これ男だってバレてない?」

「え、なんで?」

「さっきから視線が……」


 張替が、「あぁ」と言って納得したようにポンと手を叩く。

「それはハルが可愛いからだよ」


「……別に嬉しくない」


 パシャリ、とカメラの音。


「なんで撮るんだよ」

「照れてる顔もかわいかったから……」

「照れてない」

「うんうん、そうだね」


 張替が子供をあやすようにぽんぽん、と頭を撫でてきた。

 くっ、恥ずかしいし、ムカつく……!


 その時、ふと思い至った。

(ん? さっきまで胸のあたりとか脚とかに向いてた視線は……)

 僕の事を男だと疑っているからだと思っていたが──。


「結構分かるものなんだな……」


 今後気をつけよう、と心に誓った。


 チラリ、と上機嫌に前を歩く張替を改めて見てみる。


 スラッと伸びた脚に、キュッと引き締まったウエスト。全体的に痩せているが、出るところはしっかり出ている。

 おまけに背は一六五センチあるからモデルと間違われてもおかしくないくらいだ。


(やっぱり、張替ってスタイルいいよな)


 こういう視線には慣れているのかもしれない。


「で、この後はどうする?」

「うーん、雑貨屋さんも見飽きたし、服選びに行こっか」

「さっき見たところじゃん」


「私のじゃなくて、ハルのだよ」

「え、僕のも見るの!?」

「一人称」

「……私のは今着てるのでいいじゃん」

「ダメダメ。これからいっぱい女装するんだから」


 張替はふんふんと鼻歌を歌いながらショップへと入っていく。

 対して僕の方はというと憂鬱な気持ちだった。

 これからいっぱいやらされるのか……。


 最近、何か男として大事なものがどんどん削れていってる。


 張替は展示された服を手に眺め、時には手に取り選んで、僕のカゴへポイポイと放り込んでいく。


「よし、こんなところかな」

 大量に服の入ったカゴを試着室へと持っていき、「順番に着替えていってね」とカーテンを閉められる。


 これ、十着以上あるんですけど……。


 この後、一時間以上かけて着せ替え人形にされた。




★★★




「はーやっぱり服選ぶのは楽しいなー!」

「ぼ、……私は疲れた」


 オシャレなBGMが流れるカフェ。

 僕の傍らに置かれた、買った服が入っている袋(とかではないですか?)を見てそう呟く。


 一人称については、別に、女装していたら心まで女性になったというわけではない。そうしないと張替が怒るから、というのと、純粋に男だとバレるのを回避するために、「私」と言ってるだけだ。


 張替がショートケーキを一口食べる。


 僕も、目の前のモンブランを一口食べる。

 あ、おいしい。


 やはりスクールカーストの頂点こと張替恋羽。こういったお店選びではハズレがないな。

 黙々と食べていると、また写真を撮られたが無視する。


 どちらもケーキを食べ終わって、まったりとした雰囲気になる。



「なぁ、やっぱり半分出すけど?」

「いいのいいの。元々私のわがままだから」


 何の話かというと、買った服の代金をどうするか、ということだ。


 嫌々やらされてではあるが、やっぱり自分が着る服。全部張替に払わせてしまうのも罪悪感があって、半分出すと言ったのだが、この通り張替には拒否されてしまっている。


 っていうか、わがままの自覚はあったのか。



 休憩を終え、カフェを出てまたショップを見ていく。

 その時、後ろから声がかけられた。


「ねぇ君達」

 振り向くと、そこにいたのは少しチャラ目の男三人組だった。

「君達めっちゃかわいいねー!」

「ねぇねぇ、俺達と遊ばない?」


(もしかしてこれってナンパ!?)


「で、君たち何してんの?」

「ちょっと買い物ですね」

「へー。じゃあさ、俺達も一緒に行っていい?」

「うーん……」


 提案に張替は難色を示すが、ナンパ男はしつこくつきまとっている。


「こっちも人数いるし、楽しいって絶対」


 しかもこいつら、胸とか脚とか、めっちゃ見てくるんですけど……。

 張替の方もちらちら胸を見られているが、顔には全く出ていない。


 さすが学園のアイドル、と思うと同時に、今後気をつけようと思った。


「いいじゃん、ちょっとだけだからさ」

「飽きさせないって!」

「大丈夫だってちょっとだけだから!」

 

 何言ってんだ、早くどっか行ってくれ……!


「いや、でも……」

「頼むって、マジでさ」


 ……ほんとこいつらしつこいな。

 ここは、強引にでも張替を連れて逃げるべきか。


 そう考えていると、一人の男が張替の手を掴もうと手を伸ばした。


 その時、プツン、と僕の中で何かが切れる音がした。


「おい、触んな」


 気づけば、張替に伸ばされた手を掴んでいた。


「さっきから嫌だって言ってんだろ」

「え、なになに怖いって」


 三人が僕の豹変ぶりに少し固まるが、手を掴まれた男はへらへらと笑ってそう言った。


 まだ分かんねぇかこいつ。


「それにかわいいって言うけど、僕──」


 ウイッグを取り去り、素顔を晒す。


「男だから」


 メイクもしているが、きっと僕が男だと気づいただろう。


 後のことなんて考えてない。

 もう、こいつらのことで不快な思いをさせたくない。


 今度こそ、完全に三人が固まる。


 その内に、僕は張替の手を掴んで走り出した。




★★★




「やってしまった……」


 さっきの後のことを考えない行動を、今になって後悔し始めた。

 きっと今までの溜まりに溜まった鬱憤が爆発したのだろう。


(いやいや、あれでよかったんだ!)

 顔を振ってネガティブな考えを振り払う。


「ていうか、張替は大丈夫だった?」


 しばらくしても返事がない。

 張替は、何故か顔を赤くして、俯いたまま黙っていた。


「張替?」


 顔を覗き込むと、肩をびぐっ! と震わせ、慌てて顔を遠ざけた。


「え、なに、何か言った?」

「いや、大丈夫かって」

「うん、全然大丈夫だから」

「え、いやでもいつもとなんか違う──」

「よし! 今日はもう帰ろ!」


 張替は急に話題を変えて、歩き出した。

 何だか挙動不審な感じだ。


「ほら、早く!」

 張替が、僕の手を引いて急かしてくる。


 いつもと様子が違う張替を不思議に思いながら、手を引かれるままについていった。




★★★




 まだ心臓の音がする。


 手を引かれた時、私の心臓がどくんと脈打つのがはっきりと分かった。

 そして今は私が彼の手を引いている。


 ──見られてないよね。私の顔。


 手の中には彼の感触がまだ残っていて、私はそれを紛らわせようと何度も話しかけるけど、言葉はその度に空回った。


 きっと君は困惑した顔をしていることだろう。

 私だって分からない。


 なんでこんなに心臓の音がうるさいのか。

 なんでこんなに顔が熱いのか。


 全部初めての事で。

 全部初めての感情で。


 早く家に帰ろう。

 そうすればきっと落ち着けるから。



 私はハルの手を引いて、急いで家へと帰った。

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