間接キス

 外に出る頃には、空はもう暗くなてっいた。

「わ、もうこんなに暗くなってる」

「結構長いこと勉強してたんだな」


「こんなに勉強したの久しぶりだよ」

「まあ、僕は張替にこんなに集中力があったことが驚きだよ」


 僕がそう言うと、張替が睨んできた。

「ねぇ、なんで私おバカ認定されたの?」

「成績見れば一発だからな」


 しっかりとした物証を持ち出すと、張替はぐっと言葉を詰まらせる。


「ぜ、前回はちょっと仕事が忙しかっただけだもん!」

「はいはい」

「全然分かってないでしょ!」


 張替はそう言っ怒ると、ふとある事に気づいたように首を傾げた。


「……ん? 君なんで私の成績知っているの?」


 やばい。迂闊なこと言うんじゃなかった。

「べ、別に、風の噂だよ」


「ふーん、そっか〜」

 張替がにやにやとこちらを見る。

 ウゼェ。


 その時、張替が何かに気づいたように固まり、ある方向をじっと見つめ始めた。

「ねぇ」

 制服の裾がくいくいと引かれる。

 そちらの方向を見てみると、張替はなにやらコンビニをじっと見つめていた。


「なに?」

「新作だって」

「新作……? ってあれか」


 どうやら、入り口の上に掲げられた『新作フラペチーノ!』のことを指しているようだ。


 張替も普通の女の子と同じように甘い物は好きらしい。

「買わないのか?」

 聞くと、張替は苦い表情を作る。


「カロリーが……」

「別にそれぐらい大丈夫だろ。張替痩せてるし」


 そう言うと、張替は一瞬硬直した。

 そしてすぐに自慢気に胸を張る。

「……ま、まあそうかもね! 努力してるから!」


「はいはい、だから行けば?」

「行ってきます!」


 張替は上機嫌にフラペチーノを買いにいった。

 そして五分ほどで戻って来ると、まずは写真を撮り始める。


「そんなに撮ってると溶けるぞ」

「んー、あとちょっと」

 満足のいく写真が撮れたようだ。

「ふーっ、よし」


 張替がとてとてとこっちに来る。

「はいこっち向いてー」

 パシャリ。

「なんで勝手に撮るんだよ!」

「記念撮影!」

「聞けよ!」


 文句を言う僕には意にも返さず、フラペチーノにストローを刺すと、早速飲み始めた。


「ん〜、おいしい〜!」

 張替は頬に手を当て、至福の表情でフラペチーノを吸っている。


「はあ」

 全く。こうしてれば可愛いのに。


「はい」

 突然、張替が手に持ったフラペチーノを差し出してくる。

「え?」

「飲まないの?」

 躊躇する僕に、張替が不思議そうに首を傾げた。


 いや、これって──。


「いや、だってそれ間接キス……」

「そ、そっか……」


 そう言うと、張替も僕の言いたいことが分かったようで、フラペチーノを引っ込めた。


「って、ていうか君も初心だね〜!」

「お前も躊躇っただろ!」

「別に、私は全然気にしてないけど! 君が変なこと言うからね!」


 ぐっ、コイツ……!

「じゃあ飲んでやるよ! 貸せよ!」

「へぁっ!?」

 ヤケクソ気味に叫んだ僕に張替が慌てる。

「ほら早く!」


 急かすと、張替は慌ててフラペチーノを飲み干した。

「……」

 張替が飲み干した体勢のまま無言で僕を見る。


「……」

 僕もなんと言っていいか分からず、黙ってしまう。




 それから駅まで少し気まずい雰囲気だった。




★★★




「はぁ、今日は終わり」

 家に帰ってからずっと勉強していたので疲れた僕は、ベットに体を投げ出す。

 スマホを手に取って、耳にイヤホンを差し込んでニューチューブを開いた。


 おすすめ欄をスクロールしていきながら、面白そうな動画を漁っていく。


(確か、新しいシングルが)

 そこで思い至って、検索欄に『張替恋羽』と入力した。

 すると張替の所属するグループの公式のチャンネルで、ちょうど昨日最新曲のMVが上げられていた。

 再生回数は一万とちょっと程。


 動画を開いた。

 イヤホンから音楽が流れる。


 画面の中で大きく腕を振って、全力で踊っている張替は、どこかきらきらしている。

 

「やっぱり、すごいな張替は」


 体がリズム勝手にを刻む。


 その時、張替からレインが飛んできた。

 内容を見てみると、今日撮った写真のようだ。その下に『変な顔』とも書いてある。


 写真の中で、張替はにっこりと笑い、僕はびっくりした表情をしている。

 顔面偏差値に天と地の差を感じた。


『いやがらせか』

 返信を送る。

『ごめんなさい』という猫のスタンプが返ってきた。

 やっぱり嫌がらせだったのかよ。


『明日、約束の日だからわすれないでね』

『了解』

『じゃあ、おやすみ〜』


 また『おやすみ』と書かれた猫のスタンプが返ってきた。


『おやすみ』


 それだけ送ってから、ふっと笑ってスマホを閉じた。

 そう。明日は張替との約束の日。


「何もありませんように」


 僕は深い眠りへと落ちていった。

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