注目とランチ

 翌日。いつもの通り登校して自分の席に座る。

 そして単語帳を取り出し、勉強を始めようとしたその時。


「おっはよー!」


 張替が突然僕の机までやって来て、さらに大声で挨拶する。教室中の注目が僕と張替に集まった。

 そこら中から「なんで張替さんとアイツが……?」とか「何かあったのか?」なんて声が聞こえる。


 何考えてんだよコイツ……!


 学園のアイドルと陰キャの僕が親しそうにし始めたのだ。目立つに決まってる。


「なんで話しかけて来るんだよ……!」

 張替に顔を寄せて出来るだけ周りに聞こえないように話す。


「え? 知り合いに挨拶するのってそんなにおかしい?」

 張替が至極不思議そうに聞き返す。

 いや、知り合いだけど! 


「知り合いだけど仲良くはないだろ……!」


 そう言って否定したその時、とんでもない爆弾が落とされた。



「そんな事言わないでよ。ハグしあった仲じゃん」



 その時、教室が一気にざわついた。


「は、ハグ!?」

「なんであんな陰キャと張替さんが!?」

「ずっと狙ってたのに、くそぉぉぉっ!」


 ざわめきはどんどん大きくなっていく。

 その時。すっと一人こっちに近づいてきた。

 スクールカーストのトップである、サッカー部で少しチャラ目の金髪イケメン、津瀬爽太だ。


「えーとさ、聞いていい? 恋羽と堀田君はどんな関係なの?」

「うーん、昨日じょそ──」


 『女装』と言いかけた張替の口を慌てて塞いだ。


 ほんとに何考えてんだコイツ……!

 もう駄目だ。埒があかない。


 張替の手を掴んで、そのまま引っ張って教室から連れ出す。その僕の行動にまたもや教室がざわめいた。


「あ、おい待てって!」


 津瀬の制止も聞こえるが無視する。廊下に出ても何事だ、と注目されたが、振り切って進んでいく。

 人気のないところまで来くると、視線が無いことを確かめてからやっと落ち着く。


「なに女装のことバラそうとしてるんだよ!」

「え、だめなの?」

「ダメに決まってるだろ!?」

「えー、あの可愛さは全人類の共有財産なのに」


 張替が不満そうに口を膨らませる。

 そんなかわいい表情をされてもダメなものはダメだ。


「とにかく、絶対誰にも言うなよ」

「ぶー」

「分かったな」

「……はーい」


 口止めが完了したので、改めて質問する。


「で、どういうつもりなんだよ」

「どういうことって?」

「なんで急に話しかけて来たんだ」

「別に理由はないけど。私が君と仲良くしたいの。ダメ?」


 張替が悲しそうに首を傾げて聞いてきた。


 うっ……。

 まただ。またこの「ダメ?」だ。

 そんな顔でそんな聞かれ方されたら、もう断る選択肢は消えてしまう。


「はぁ、分かった。分かったから」


 僕の答えに張替はぱぁっと表情を明るくさせる。

「えへへ、ありがとう!」


 僕も、済んだことはしょうがないの精神で行くことにしよう。

 だが、問題はこれからだ。


「でもこの後どうすんだよ。僕注目されるの苦手なんだけど」


「まぁ、皆すぐ慣れるよ!」

「それまでは地獄ってことだろ!」

「気にしない気にしない、おとこのこでしょ!」

「お前が言うとなんか違和感なんだけど!」


 その後教室に戻った僕は、視線が集まる中、授業が始まるまで寝るフリをしてやり過ごした。




★★★




 お昼休み。


 案の定、張替がやってきた。


「一緒に食べよ」


 張替はそう言って、一人で食べようとお弁当を机に出していた僕の事などお構いなしに、教室を連れ出されした。


 連れて来られたのは屋上だった。

 ドアを開けると風が吹いて、前髪を弄ぶ。


「こっちこっち」

 張替は適当なベンチに座ると僕を呼んだ。


 張替の隣に少し距離を空けて座る。が、張替は肩が触れ合うかどうかの距離まで詰めてくる。


 他の屋上にいた人達が、驚愕の表情でこちらを見てくるのを極力意識しないようにしつつ、張替に話しかけた。


「……なんで詰めるんだよ」

「別にいいでしょ?」


 ……まあ別にいいか。何言ってもどかなさそうだし。


 そんな風に思ってしまった僕は、大分感覚が麻痺してきているのかもしれない。


「なぁ、いつも食べてる奴とはいいのか?」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと言ってきたから」

「その説明が心配なんだよな……」


 張替には前科がある。

 今朝の事を思い出すと、不安しか残らなかった。


「さ、たべよたべよ」

 二人でお昼を食べる。張替もお弁当のようで、僕にとっては小さなお弁当を広げ、食べて始めた。


「君っていっつも一人で食べてるの?」

「そうだよ。別にいいだろ」

 そう、一人だと勉強しながら食べれるから何かと都合がいいのだ。

 全然、羨ましくない。


 張替が少し気まずそうな顔をして慰めてくる。


「まあ、これからは私がいるからさ」


「え、次も一緒のつもりなの?」


 つい聞き返してしまった。張替は僕の言葉に不満そうに頬を膨らませる。


「なに? 私みたいな美少女とお昼食べれて幸せだよね?」


「う、嬉しいです」

「よろしい」

 張替が満足気に「うむ」と頷いた。


「じゃあ、私を怒らせたから罰ゲームね」

「え?」


「明日の土曜日、買い物に付き合うこと。分かった?」


「いやでも勉強が──」

「分かった?」


「はい……」


 あまりの圧に押し切られて、頷いてしまう。

 ああ、勉強が……。


「はいじゃあレイン交換ね」


 張替がメッセージアプリを表示させて、スマホをふりふりと振った。


「えぇ……」

「もう決定だから。ほら早くスマホ出す」

 またあの時みたく強引に脅迫されたくはなかったので、大人しくスマホを渡す。

 張替はそれを受け取ると、素早くレインの交換をしようと、テキパキと準備し、


「あ」


 ──固まった。


「なんだよ……」

 予想できてはいたが、一応聞き返す。


「う、ううん。なんでもない」

「はっきり言えばいいだろ」

「ま、まあ! こんな美少女が初めての友達でよかったじゃん!」

「変に気を使うな!」


 そうやってちょっと気遣われるほうが傷つくんだぞ!


「いやあごめんごめん。友達ゼロ人なんて初めて見たからさ」

「いや家族がいるからゼロ人じゃない!」

「えっ、家族カウントするんだ……」


 張替は少し引いているようだ。

 確かに、今のはちょっと我ながらヤバイな。


「ま、これからだよ。これから」

 張替が適当な口調でそう言った。


「よし、かわいそうな君にはこれをあげよう」


 やっぱりかわいそうって思ってるじゃねーか。


 怒りの表情を込めて張替の方を見ると、張替はお弁当の卵焼きをお箸で掴んで僕に差し出してきているところだった。


「はい、口開けて」

 差し向けられた卵焼き。添えられた左手。

 世間一般で言う、『あーん』と言うやつだ。


 突然のことに一瞬頭が停止するが、なんとか我に戻る。


「いや、待て待て!」

「何かおかしい?」

「おかしいし、それに近いって!」

「え? 友達となら別に普通じゃない?」


 その言葉を聞いた時、僕は出会ってからずっと感じていた違和感の正体をなんとなく掴んだ気がした。



 (こいつ、もしかして男の娘に対しての距離感を女の子と接する時と一緒にしてないか?)



「ほら、あーん」

 今度は口のすぐ近くまで持ってこられたので、ついぱくりと卵焼きを食べてしまう。

 恥ずかしくてすぐに顔をそらしたが、絶対に顔は真っ赤だ。


「美味しい?」

「……おいしい」


「ふふ、──じゃあ私はこれ!」

「あっ!」


 そう言って張替は僕の唐揚げを奪う。

 もしかしてさっきのはこのための布石!?


「なにすんだよ! 僕の好物なんだぞ!」

「私の『あーん』と交換なんだから、全然釣り合ってるでしょ!」


 そんな事を話しながら昼休みは過ぎていく。

 そして予鈴が鳴った。


 二人でお弁当を片付けて立ち上がる。

 僕達が屋上から出る直前。


「これからよろしくね」


 張替は僕に向けてそう言った。


「……ああ、よろしく」


 僕もそう返すと、照れくささから階段を少し早めに下りる。


 改めてスマホを見た。

 『友達』の欄に新しくふえた「恋羽」の文字。


 (久しぶりの誰かとの昼食、別に悪くは無かったな)


 張替と一緒に、教室へと戻っていく。




 ──週末、どんな事が起きるかも知らずに。

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