心臓の音。

 様々な角度から浴びせられるフラッシュ。

 時々ポーズを取らされながら、撮影会は続いていた。


「もっと笑って!」


 顔を引きつらせながら笑うと、張替はその表情すらも嬉々としてシャッターに納めていく。

 そんな時間が十分ほど続いたあと、張替は一息ついてこう言った。


「よし、じゃあ」

 汚れるのも厭わず床に寝そべると、スマホを構えた。

「ローアングル、いっとこっか」


「いや何言ってんだよ!? 見えるって!」

「大丈夫、私以外見ないから」

「それも問題だよ!」


 っていうか、今穿いてんの男物だぞ!?

 そんな感じの事をいうと、真顔で「それがいい」って言われた。

 コイツどこまで変態なんだ!


「嫌だ! それだけは絶対嫌だ!」

「恥ずかしがらずにさぁさぁ」

 スカートを両手で挟み込むように抑えて、スマホから防御する。


「もぉ、そんな事したら見えないじゃん」

 張替は不満げに頬を膨らませているが、そう言いながらもシャッターを切り続けている。


「あ」


 張替は何か思いついたように声を上げると、むくりと上半身だけ起こし、僕のスカートをつまんでちらりと持ち上げた。


「ひぃっ!!」

「すべすべな太ももとチラリズム、よし……」


 パシャリと一枚。

 そして満足気につぶやくと、立ち上り、とんでもない事を口走った。


「はい、ぎゅーってして」

 張替が腕を広げた姿勢をとる。


 ……。


「はあっ!?」

「私ずっと男の娘とハグするのが夢だったんだ」


 いや、そんな事聞いてない!


「いや待て、意味分かって言ってる!?」

「私、美少女だよ? 君にも得だと思うけど」


 いやそうかもしれないけど!


「ほら早く」

 張替が急かしてくる。

 迷いながらも、弱みを握られている僕は素直に従った。


 張替に、一歩近づいて、そのままハグした。

 僕と張替は同じくらいの背なので、自然と顔が近くになる。

 制服越しの柔らかな感触。甘くて良い匂い。


 ……うう、心臓めっちゃドキドキしてるんだけど。これあっちにも聞こえてるんじゃ……。

「はぁ〜、柔らかい。良い匂い。好き……」

 張替がさらに力を入れて抱きついて来た。


 しばらく、二人とも無言で抱き合う。


「も、もういいだろ!」


 耐え切れなくなった僕は、張替を剥がした。

 抵抗するかと戻ったが案外素直に離れてくれた。


「はぁ、至福の一時だった……」

 張替はそう呟いた後、ニコッと笑ってこう言った。


「それじゃあ、次はちょっと制服を崩して──」 


 それを聞いた瞬間。僕は着替えを掴んで教室を飛び出した。


 冗談じゃない!

 そんなの撮らせてたまるか!


 廊下を全力で走って行く。

 スカートが翻らないように注意しながら。

 途中ですれ違った女子二人組に「何あの子めっちゃかわいい……」とか言われたけど、気のせいという事にする。

 男子更衣室に入り、扉を閉めたところで、大きく息を吐き出す。


「なんなんだよアイツ……」


 その時、気づいた。

 ついさっきまで女性と話し、しかも触られていたのに。

 いつもみたいに緊張する事なく、話せていた。




★★★




 着替えて教室に戻るとすぐに、張替は手を合わせて謝ってきた。

「ごめんごめん。ちょっと熱くなっちゃった」

「あれでちょっとなのか……」


 あの女装狂いぶりを“ちょっと”と表現する張替に戦慄しつつ、「あとこれ」と畳んだ制服を取り出して渡す。

 張替が制服を受け取ろうと手を近づけた時、一瞬手が触れた。

 突然女性に触れられたので、驚いて硬直してしまう。


「ん、どうしたの?」

 急に動きが固まったのを不思議に思った張替が、顔を近づけて覗き込んでくる。

(ち、近づくなバカ……!)


「だから、近いって……っ!」

「あ、ごめんごめん」


 そう言うと張替はぱっと離れてくれた。が、何か疑問を感じたようで「ん?」と首を捻り始める。


「さっきまでは、触っても大丈夫だったよね……?」

「べ、別に気のせいだろ」


 そして、何かに気づいたようで、にやりと笑った。

「ふ〜ん」

 何か含みを持たせた笑みだ。


「それじゃあもう帰るから」

 これは分が悪い。そう感じた僕は急いで帰る事にした。


「おっけー、ちょっと待ってて」

「は?」

「え、一緒に帰らないの?」

「逆に何で一緒に帰るつもりなんだ……?」

 

「だめ、かな?」

 張替が寂しそうな表情で、可愛く首を傾げて聞いてくる。

 いくら中身があんな変態でも、学園のアイドル。そんな風に女子に聞かれては「ダメ」とは答えられないのが悲しい男の性だ。


「分かったよ。一緒にくればいいだろ」

 ため息まじりにそう言うと、張替は大げさに喜んだ。

「やったぁ!」


 教室を出ると、張替が小走りで横についてきた。そのまま校門を出て二人で通学路を歩いて行く。

 張替も電車通学だそうで、駅まで一緒だ。


「いやー、想像以上の可愛さだった」

「全然嬉しくない」

「本当かな〜?」

「本心だ」


 否定するが、なぜか張替は嬉しそうに「ふふん」と上機嫌に笑った。


 そうこう話しているうちに駅に着いた。

 張替の家は別方向なので、改札で別れることになった。


「また明日ね」


 張替はそう笑って、先に来た電車に乗った。


 空を見上げる。夕日で赤く染まった空を、鳥が飛んでいる。

「はぁ、大変な一日だった」


 ため息まじりに呟いて、僕も電車へと乗った。

 もう二度と女装することがないように、と祈りながら。




 ──そして、その願いは叶わない。

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