第32話 山の長
体格差は地力の差になる。だがそれはグランアーマーに性能差がないとすればである。下から斬り上げるアカリの薙刀を、インカはその刃の側面を打つ事でかわした。
学校の屋上で戦ったときとは違う。動きが見える。攻撃がかわせる。自らの絶対感に陶酔しそうになる。
いけない、インカは己を律した。いまは力に酔っている場合ではない。ヒカルを取り戻すのだ。そのために目の前の敵を――それがヒカルの実の姉であろうと――排除せねばならない。
アカリの薙刀は突きの連撃を放つ。インカは左に走り距離を取る、と見せかけて前に出た。
不意の反転に焦ったアカリは柄端の石突で打ち据えようとしたが、インカは体を回転させてそれをかわし、左右の手で薙刀の柄を取って全力で振った。
前にバランスを崩されたアカリは薙刀を放し、一回転して背中を床に打ち付ける。
無論グランアーマーをまとっている以上、この程度では何の影響もないが、薙刀の刃で斬り付ければどうなるか。
しかしインカが薙刀を構えた瞬間、それは結合を解き、宙に消えた。
同時にアカリがタックルを仕掛けた。脚を取らない胴タックル。アカリはそのまま持ち上げようとするが、インカは腰を落として抗った。そして両手を組んでアカリの後頭部へ叩き付ける。
一度、二度、三度目でアカリの手が緩んだ。すかさず顎にアッパーカット。棒立ちになったところへ、顔面にストレートの連打を打ち込む。
グランアーマーがある限り、ボディへの攻撃はたいしたダメージを与えられない。短い時間で決めるには、相手の脳を揺らすしかない。
六発目のストレートが顔面の真ん中を捉えたとき、アカリは膝から崩れ落ちた。インカはそのまま身を翻し、部屋の中央に向かう。
円形の机に大の字で縛り付けられていたヒカルの手足に絡みつくコード類を引きちぎると、インカは声をかけた。
「ヒカル様。ヒカル様、大丈夫ですか」
「……誰」
「私です。インカです」
「インカ……ちゃん」
「なるほど、おまえが星辰眼か」
ヒカルは、いや星辰眼はにんまりと笑った。
「なんじゃ驚かぬのか。つまらん」
「おまえの事は聞いている。一緒に来い」
「嫌じゃ、と言うたらどうする?」
星辰眼は見下すように見つめた。
「お主と行くより、ここにいた方が必要とされるようじゃしのう」
「おまえはもう必要とされない」
「何じゃと」
「ここで放置されているのが何よりの証。すでに目的は達せられた。六部衆はもうおまえの力を必要とはしない」
面白くない、という表情を満面に湛えて星辰眼はインカを睨みつけた。しかし。
「仕方ないのう」
一つため息をついた。
「
渋々差し出した手を、インカは取った。
突き出された剣はそのまま真下に斬り下ろされ、高圧の空気の塊を切り裂いた。そこから左上に斬り上げられ、またさらに斬り下ろされる。
コンマ数秒の早業。ヨウジは飛び下がるしかなかった。
コルセアは前に出る。真下から斬り上げる刃に対し、ヨウジは二重三重の空気の壁を作ったが、一気に切り裂かれる。
その切っ先がヨウジの身体まで届こうとしたそのとき。ぬるり、ヨウジはそれをかわした。
コルセアは剣を返す事なくそのまま斬り下ろす。ぬるり、また身をかわした。
「ほう、それが流体防御か」
「ンディールが報告でも上げたか。余計な事を」
「報連相ができているのは良い組織だよ。できた仲間を持って私は幸せだ。しかし、何故いままで使わなかった。使わずに勝てるとでも思っていたのか」
「奥の手は、そうそう見せびらかすものではない」
「へえ、またまた余裕だね」
「当たり前だ、僕を誰だと思っている」
「なら君は」
コルセアは剣を横に振るった。
「私を誰だと思っているのかな」
ぴっ。ヨウジの頬に一筋の赤い線が引かれた。
「剣の振動数を変えてみた。少しは効果があるようだね」
「思っていたよりやるではないか」
頬に血を滲ませながら、ヨウジはニッと歯を剥いた。
無重力ブロックには、未だ避難用のボートに乗り込む順番を待つ職員が残っていた。パニックにもならず、整然と並んでいる。
テロリストの侵入があった場合、職員は避難通路を通って速やかに退船する。日頃の訓練の賜物である。
そこに轟音と共に壁を貫いて何かが飛んで来た。エスカレーターの上の壁面にめり込んだのは青い巨体。幾つもの階層を貫いてここまで飛ばされてきたのだ。
だがグランアーマーは結合を解いていない。アルホプテスはまだ生きていた。
「あれは」
「アルホプテス様?」
職員たちの見上げる中、アルホプテスの右手が動いた。次に左手が、両足が動き、めり込んだ体を徐々に外して行く。そして背中が外れた途端、その身体は宙を泳いだ。
何人かの職員が浮遊するアルホプテスに近づく。
「アルホプテス様、大丈夫ですか」
「おケガはございませんか」
アルホプテスはゆっくりと顔を左右に巡らせ、そして不意に両腕を高く上げた。
「カーッカッカッカッカッカ!」
アルホプテスの両手には巨大な、いつもより二回りも巨大なハンマーが現れた。それを振り回し、周りにいる職員に襲い掛からんとする。そのとき、光輪が舞った。アルホプテスの太い腕に、光の輪が突き刺さる。
「おまえ、何をしている!」
痛そうに後頭部を押さえながら、エスカレーターに沿って飛び上がるのは白銀のクリシュナ。左手には光輪チャクラム。それを見て、宙に浮かぶアルホプテスは壁を蹴った。
「ケエェェェッ!」
奇声を上げ、ハンマーを振り回しながら、クリシュナに迫る。
「こいつ、気でも違ったか」
クリシュナの投じた左のチャクラムは、青いグランアーマーの右脇腹に食い込んだ。しかし痛みなど感じないのか、アルホプテスはそのままクリシュナに向かって飛んで来る。
ハンマーの一閃がエスカレーターを破壊し、床をえぐり取った。クリシュナはエスカレーターの下まで、一気に飛び下がる。
そこは重力の作用するエリア。床に降り立ったクリシュナのほぼ真上からアルホプテスは落下してきた。
その重いハンマーの一撃を紙一重でかわし、クリシュナは宙に舞う。羽ばたける鷲の如くに。
無重力戦は不得手ではない。だが重力があってこそ、彼の体技はその真価を発揮するのだ。
クリシュナはアルホプテスの頭頂に立った。
「クアァァァッ」
奇怪な声を上げて、アルホプテスは己の頭の上にハンマーを振る。しかしいつもより大きくなっている分、動きは鈍重である。
クリシュナはトンボを切って軽々とかわすと、その勢いのままアルホプテスの頭頂にチャクラムを叩き付けた。
光輪はぐさりと音を立てて食い込んだものの、そこはさすがに天裁六部衆のグランアーマー、数センチ刺さっただけで止まった。一瞬後、ハンマーが頭頂を掠めるように走る。チャクラムは砕かれ、結合を解いた。頭の傷口から噴き出る血潮が、青いグランアーマーを赤く染める。
「オオオオオオ」
地の底から響くような呻き声。アルホプテスは手首のスナップでハンマーを振り回し、壁を作った。
この巨体に守勢に回られると、突き崩すのは容易ではない。クリシュナはアルホプテスの顔に向かってチャクラムを投じ、同時に右へと回り込んだ。
だがアルホプテスはついて来る。チャクラムをハンマーで弾きながら、体の正面を常にクリシュナに向ける。
畜生、クリシュナは心の中で毒づいた。
いまコルセアの元にはテロリストどもが詰めかけているはずだ。なのに何故ボクはこんな馬鹿と、曲がりなりにも仲間同士で戦わねばならんのだ、と。
コルセアの事を心配している訳ではない。あれは心配などという言葉と別次元の存在であることは重々理解している。
とは言えいざというそのときに、自分がその場にいないというのが腹立たしい。まして敵ですらない相手と戦っているなど言語道断である。
しかしいまは耐えるしかない。せめて避難用のボートが離脱するまでは、この狂ったイノシシを足止めしなければならない。
できれば倒してしまいたいところだが、そう簡単な相手ではなかった。
クリシュナはアルホプテスの周りをグルグルと回った。
目を回してくれないか、もしくは苛立って攻勢に出てはくれまいかと期待したのだが、相手は足をふらつかせる事もなく、回転するハンマーの向こうに立ったまま守りを固めている。
こんな奴に限って三半規管も無駄に丈夫なのか、クリシュナは舌を打った。
チャクラムで背後から攻められないかと試してはみたものの、大きく飛び下がって壁面に背をつけてしまう。こうなっては穴に籠ったウツボの如しである。引きずり出すには手を突っ込むしかないが、突っ込めば指を食いちぎられるのは自明の理。
万事休す。もう後は体力勝負、相手が疲れるのを待つしかない。クリシュナがため息をついた、そのとき。
視界にアラートが表示される。グランアーマーが察していた。上から何かがやって来る。だがアルホプテスから目を切る事はできない。クリシュナは真後ろに飛び下がった。
その視線の先、クリシュナとアルホプテスの間に立ち現れた者。神討イナズマ。
イナズマは雷光の速度で大刀を抜くと、上から下に、ただ真っ直ぐに振るった。甲高く硬い音が響いた次の瞬間、轟音と共に真上の天井に穴が開く。アルホプテスのくるくると回されるハンマーからは、ヘッドが失われていた。当人がそれに気付くまで、要した時間は三秒。
「フウゥゥゥゥッ」
怒りの声――なのだろう――と共にアルホプテスはハンマーの柄の部分で殴り掛かった。
イナズマはそれをかわしながら、すれ違いざまに相手の右脇腹を打ち据える。クリシュナのチャクラムによってできた傷のある場所を。
ミシリ、ひびの入る音。二人は同時に振り返り、同時に袈裟懸けに斬り下ろした、ように見えた。
一瞬の静寂。
アルホプテスのハンマーの柄はさらに短く切り落とされ、右上半身には無数の亀裂が走る。そして音もなく砕け散った。
青玉のアルホプテスのグランアーマーは、形状を維持できなくなり結合を解く。その腹に横薙ぎの一撃。峰打ちである。崩れ落ちるアルホプテスを背に、イナズマはクリシュナへと向かい合った。
「礼を言うべきなのだろうね」
クリシュナは困った様子を見せている。
「それには及ばない」
イナズマは轟丸を鞘に納めた。
「ハーンが負傷している。手当を頼みたい」
「いったい誰が負傷させたんだか」
イナズマはそれには答えない。
「穴の中をこっちに向かって来てる連中がいるね」
それはクリシュナのグランアーマーの得た情報。
イナズマは轟丸にかけた右手を動かさない。抜きはしないが、いつでも抜ける状態である。何も言わなくても言わんとするところはわかる。クリシュナは小さくため息をついた。
「ボクに見逃せと?」
「そちらにも事情があるだろう。頼みはしない」
「ここでいまあんたと戦っても、得られるものは何もないんだよなあ」
そう言いながらも、クリシュナは未練たらたらであった。
チャクラムを人差し指でクルクル回す。
本音を言えば戦ってみたい。超人イナズマがどれほどのものか試してみたい。だがハーンの事は心配だし、コルセアの元にも駆け付けたいのだ。
クリシュナは、はあ、とまた一つ大きな息をついた。
「職員の避難は邪魔しないでやってほしいんだが」
「それは約束しよう」
「仕方ない、ボクはハーンの救護に向かう。これから後の事は関知しない」
「助かる」
「後ろからバッサリ、てのだけはやめてくれよ」
クリシュナは三歩後ろに下がると、人口重力ブロックの通路へと駆け出した。
指定された座標まで、ミラクスは五回のテレポートで到達した。
鬱蒼と樹々の生い茂る山脈の只中に、巨石で組まれた古い神殿跡がある。舞台のような大きな岩の下には人間一人が通れるほどの空間があった。その入り口に立ち、アジャールは声をかけた。
「長よ。私だ、アジャールだ」
見た目には何も変化はない。だが空間が波立ったような『気配』がした。アジャールは岩の下に入り、ミラクスも続く。
そこには広大な空間が広がっていた。
大理石だろうか、長方形の石を並べた床と壁には、
廊下には石柱が並び、天井に描かれているのはフレスコ画だろうか。
ほの暗い廊下を進むと一段と広くなった空間がある。その奥には階段が、さらにその上には立派な玉座が据えられていた。
そこに座る人影。いや、ヒトデのような影。
「アジャールよ。客を連れてくるとは珍しいな」
「あなたが山の長か」
ミラクスは一歩前に出た。玉座の茶色い巨大ヒトデは身を震わせた。うなずいているのだろう。
「地球人はそう呼んでいる。吾輩の名はヒデム・チコ・ヒデム。ブノノクの古い血族を統べる者だ」
「そしてブノノクに対抗しようとする地球人に知恵を授けている方ですね」
「ふむ、おまえは」
「わたしはミラクス。カン=リエンに生まれ育った科学者です」
「カン=リエンか」
長は楽しそうに笑った。
「ブノノクに比べれば、まだ幼い民だ」
「はい、確かに」
「だが支配域を拡大する野心は相当なものを持っている。ついに地球にまで手を伸ばしてきたか」
「それは違います。私はこの地球をカン=リエンの手から守りたいと考えています。勿論、ブノノクからも」
「ほう、大きく出たな」
「この地に理想郷を築くのが私の夢なのです」
「理想郷だと」
笑っている。いや、嗤っている。
「知的生命体の這い回る星に理想郷など築けると本気で思っているのか」
「はい。そのためにあなたのお力をお貸し願いたく、こうして参上
「吾輩に何を望む」
ミラクスの眼が輝いたかのようにアジャールには見えた。
「グランの製法をご教示願いたい」
頭を下げたミラクスに、長は沈黙をもって応える。
「ブノノクの三賢者が地球のウレキサイトを漁っているのは存じております。ブノノクにおいては金よりも価値があるとか」
「……浅ましい事よ」
長は苦々しげに言葉を吐いた。
「欲に眼が眩んで自らの存在の根幹を晒すとは、嘆かわしいばかりだ」
長はミラクスを見据えた。どこに眼があるのかは知れなかったが。
「グランの製法を教えるという事は、ブノノクの命綱をおまえに渡すという事になるのだぞ」
「はい」
「吾輩は現状のブノノクのあり方に問題があると考えているのであって、その壊滅を願っている訳ではない」
「心得ております」
「故に地球人にもグランの製法は教えていない」
「どうせ地球人に教えても無駄でしょう。アレクセイ・シュキーチン亡きいま、理解できる者が誰もいないのですから」
「だがおまえならば理解できると言うのだな」
ミラクスは顔を上げた。
「はい」
それは自信に満ちた笑みだった。
「しかしそれを教わって、何をどうするというのだ」
「地球には、『悪貨は良貨を駆逐する』という言葉があります。それを実際にやって御覧に入れましょう」
「……ふむ、面白いやも知れんな」
長はそう言うと、右手――右側の突起の一つ――で手招く仕草を見せた。
「記憶装置をこれへ」
ミラクスが掌をかざすと、その中心から角砂糖ほどの透明な立方体が浮かび上がり、山の長の手元へと音もなく飛んだ。
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