第31話 五鬼
「うぬおああっ!」
奇声を発しながらアルホプテスがハンマーを振り下ろす。しかしその軌道はねじ曲げられ、また床に大穴を開けただけだった。
「つまらん」
ヨウジは床に突き立ったハンマーに軽く片足を乗せた。アルホプテスは跳ね上げようとする。が、ハンマーが持ち上がらない。
「どういうつもりだ」
ヨウジが問う。
「何の事かな」
コルセアが答える。
唸り声を上げ、渾身の力を振り絞るアルホプテスを余所に、ヨウジとコルセアはまるでそよ風にでも吹かれているかのようであった。
「よりにもよって、何故こんな間抜けに
「殿を任されているのは私だよ。それに、アルホプテスは優秀な六部衆の一員だ。私は信頼している」
「力押ししか出来ない馬鹿に、信頼もへったくれもないと思うが」
「見解の相違だね」
「貴様の手駒の中ならば、もっと優秀な奴がいるだろう」
「ンディールの事かな。彼には仕事がある。そもそも、本当なら君がその優秀な手駒になってくれるはずだったのだけれど」
「貴様の理想だの思想だのに僕は興味がない」
「そんなもので君を縛り付けるつもりなど毛頭なかった。いまでもそうだ。実際、六部衆は理想や思想で繋がった集団ではないしね。どうだろう、いまからでも私の元に戻って来る気はないかな」
「ないな。僕はすでにこの世界で最強の存在だ。最強の存在は最も自由でなければならん」
「首輪付きの自由など虚しいだけではないのかな」
そのコルセアの言葉に対し、ヨウジはニッと歯を見せた。
「貴様がいま、グランアーマーの下でどんな顔をしているのか想像がつく。その顔が気に入らん」
「濡れ衣じゃないか」
ふっと笑った気配がした。次の瞬間、雷光の速度で剣が抜き打たれ、ヨウジは身をかわした。結果ハンマーに乗っていた足はどけられ、突然持ち上げられたハンマーは、その反動で持ち主の身体までも浮かび上がらせて真後ろの壁面へと吹っ飛んで行く。
黄金のコルセアは右手に剣を構えている。
「この五年で君がどれほど強くなったのか、見せてもらおうか」
「その言葉、そっくり貴様に返してやろう」
ヨウジは前に出た。
マーリンはすでに星辰眼を開放していた。とは言え、ヒカルの体はまだテーブルに縛り付けられたままではあったが。
光の消えた円卓の間にあって、しかし星辰眼は上階で起きている事をまるで陽光の下で目の当たりにしているかの如く、はっきりと認識していた。
前に出るヨウジをコルセアは剣で突く。
空気の塊が剣の腹を押し軌道を変えた。
コルセアは少し手首を返して空気の塊を薙ぎ払い、そして返す刀でヨウジの胴を斬り上げる。
ヨウジはそれを左の掌で受け、軽くいなす。厚さ三センチの目には見えない壁が火花を上げた。
ヨウジが右手を伸ばすと見えない巨大な手がコルセアを掴む。しかしコルセアは剣を一閃、見えない手を細切れにして一歩踏み込んだ。
その足に、ヨウジは出足払いをかけるが、コルセアの足は根の生えたように動かない。
そしてさらに一歩踏み込み、剣を振り下ろす。ヨウジは疾風の速度で五メートルを後退した。
その一瞬の攻防を、星辰眼はすべて理解していた。下からではなく、上空から俯瞰する視線で。その視界の中には、血を流し倒れるノナの姿もあった。星辰眼の意識は肉体を飛び出し、ノナの傍らに立つ。
「お主、死ぬのかえ」
「……ヒカル?」
「妾はヒカルではない」
「助けてあげられなくて、ごめんね」
「ヒカルではないというに」
「うん、わかってる」
「……」
「この船は、沈めるよ」
「できるのか」
「わからない。でもやらなきゃ」
「それでは仕方ないのう」
星辰眼は微笑んだ。ノナも笑った。そのとき。
「本当にそれでいいの?」
それは突然の、三つ目の声。
「誰じゃ!」
星辰眼の声には焦りがあった。この空間で起こることはすべて星辰眼の認識の下にあるはずである。だがその声の存在に、いままで気づかなかったのだ。
そこに薄ぼんやりとした光が現れ、やがて人の形に像を結ぶ。
それは銀色の髪の少女。
「私はエレーナ」
「いったい何者じゃ」
星辰眼は警戒を解かない。エレーナは一瞬、困った顔を見せた。
「それはその、ヨウジの、その、何というか、相棒みたいなものよ」
「相棒じゃと? あやつに相棒などおるとは思えんが」
「い、いいでしょ別に、あんな奴でも相棒くらいいたって。そんな事より、あなた」
と、ノナの手元を指さした。
「その爆薬と起爆スイッチ、ヨウジに渡して」
「でも、これは」
躊躇うノナに、エレーナは詰め寄る。
「あなただって本当はエイイチに生きて欲しいんでしょ、ヒカルを助けたいんでしょ、違うの」
「じゃがどうやって」
まだ不審げな星辰眼に、エレーナは苛立ちをぶつけた。
「あんたは死にたいの、生きたいの、どっち!」
「助かるの……助けられるの」
縋るようなノナの言葉に、エレーナは大きくうなずいた。
「ヨウジなら出来るわ」
五メートル飛び下がったヨウジは、身構えると同時に大きな声を放つ。
「そこの犬っころ!」
ジャッカルは、それが自分の事だとはしばらく気が付かなかった。
「……え、俺?」
「傷口を焼け! そうすれば出血は止まる!」
それがスワローとシロワニの腹の傷口だというのはすぐにわかった。だが。
「お、俺そんなのやった事ねえよ」
敵を殺した事なら何度もある。しかし戦場で誰かを助けた経験などまるでなかった。ヨウジは呆れたように言う。
「僕だってやった事などない」
「何だよおい、それ無責任だろ」
「嫌なら仲間が死んで行くのを指を咥えて眺めていろ、役立たずが!」
黄金のコルセアは五メートルの距離を、たった一歩で詰めた。
突く、突く、突く。ヨウジはかわす、かわす、かわす。
「他人のケガの心配かい。随分と余裕だね」
そう言うコルセアも伸び伸びと剣を振るっている。
「当たり前だ、僕を誰だと思っている」
「そう言う割には、さっきから攻め手が止まっているよ」
「これは僕のスタイルだ。気にせずどんどん攻めて来るがいい」
そのヨウジの背後に迫る青。
「ぬおああ!」
水平に振り回すハンマーを、その後ろから烈風が押した。軽く身をかわしたヨウジの横を通り過ぎ、コルセアに向かうハンマー。
しかしコルセアの剣が簡単に跳ね上げる。
ヨウジは身を屈め、前のめりになったアルホプテスの足を払った。勢いの止まらない青い巨体が飛んで行く。それをコルセアが左手一本で受け止めている隙に、ヨウジは左向きに走った。
ぎあああっ、地獄の底から聞こえるかの如き絶叫。
ジャッカルがスワローの腹の傷口に燃える手刀を差し込んでいる。
敵を殲滅するための炎の力を、仲間を救うために手の先に込め傷口を焼く。ぶすぶすと上がる煙、血と肉の焼ける臭い。
激痛に意識を失う直前、スワローは爆薬の詰まったリュックと起爆スイッチを両手に握り、天に向かって突き上げた。それを受け取ったのは疾風。
ヨウジは爆薬を手に壁面を走る。風の速度で部屋を半周ぐるりと回ると、コルセアの目の前に戻って来た。
「さて、準備はできた」
「そんな物で何をする気かな」
コルセアは面白そうに剣を下ろした。じりじりと、アルホプテスがにじり寄る。
「馬鹿とハサミは使いようと言うだろう。こんな物でも使い方次第で面白い事が出来る」
「ほう。どう使う」
リュックに爆薬が詰め込まれているのは、あらかじめマーリンが探知している。それがどれほどの爆発を呼ぶのか、そこまでは予測済みだ。
だがたとえ想定外の大きさの爆発が起き、円卓の腹に風穴を開けるほどの被害が出たとしても、コルセアのグランアーマーはびくともしないだろう。その一点においては絶対と言っていい信頼を置いていた。それ故の余裕である。しかしヨウジはニッと笑った。
「貴様は知っているかどうか知らんが、僕は天頂眼の能力を一部受け継いでいる」
「それは知っている」
「すると、こういう事も出来るのだ」
ヨウジは、リュックをアルホプテスの前に投げた。
「ファイアインザホール」
そう言って起爆スイッチを押す。
次の瞬間起こった事には、さしもの黄金のコルセアも目を疑った。
リュックは爆発した。確かに爆発した。だが爆発は広がらなかった。
直径二メートルほどのパイプの中に詰め込まれたかのように、爆炎は横倒しにされた円柱状に、やや斜め上方向に向かって伸びる。
伸びた先にはアルホプテスが。爆炎は青玉のグランアーマーにぶつかって体を持ち上げたかと思うと、その勢いのまま壁面を貫いた。階層を貫通し、先端は無重力ブロックにまで達する。
「ドッキングポートまで続く道だ! 走れ!」
ヨウジの声が叩きつけるように響く。ジャッカルはスワローを抱えると、壁に開いた穴に向かって走り出した。
少し遅れてシロワニが後に続く。たった一度だけ、ほんの一瞬振り返ったが、すぐに背を向けて穴の中に駆け込んで行った。
「爆風をコントロールしたのか」
コルセアの声は、驚いていると言うよりは呆れているかのよう。
「何、造作もない事だ」
そう言うとヨウジは足を踏み鳴らした。床には人が通れるほどの大きな穴が開いている。
爆炎の円柱は片側の端を無重力ブロックまで届かせながら、反対側の端は下の階の天井に穴を開けるだけで止まっていた。
「ヒカルを巻き込んだかも知れないね」
コルセアは嗤う。しかし。
「言っただろう、僕は天頂眼の能力の一部を受け継いでいるのだと。ヒカルの位置は把握済みだ。もちろんイナズマの位置もな。インカ!」
ヨウジはコルセアから視線を切る事なく、インカに命じた。
「ヒカルを連れてシャトルへ向かえ」
インカはうなずき、穴へと身を躍らせた。
その闇の中、待っていたのはピンクのグランアーマー。火花が散った。
爆炎の作る一本の線が空間を貫いた。その熱い太い線は上段に構えるイナズマのすぐ横五十センチほどを通過した。
明滅が横顔を照らす。イナズマは構えていた轟丸を下ろした。
「どうした、斬らぬのか」
そう言うハーンにイナズマは静かに答える。
「アレクセイに言われた」
「何」
「仲間を大切にせよと」
ハーンは沈黙し、多条鞭を構えていた左腕を下げた。イナズマはハーンから視線を切る。
「それに、やらねばならぬ事ができたようだ」
「そうか」
ハーンは疲れたように地面に腰を下ろした。
「またしばらく生き恥を晒さねばならんようだな」
「生きることは恥ではない。悲しい事を言ってくれるな」
バイソンの言葉に、ハーンはグランの結合を解いた。
「おまえに同情されるようでは、おしまいだ」
そして青ざめた顔を、少し緩めた。
反物質発電機は年間およそ百キログラム程度の反物質を生成し、先進地域数億世帯分ほどの電力を発生させる。
反物質の生成それ自体に膨大な電力を消費するので必ずしも効率的ではなかったが、燃料は基本的に物質であれば何でも良く、要はゴミや瓦礫から莫大なエネルギーが取り出せる事が最大の利点であった。
その設置地域がどれほど貧しくとも、人間が生活している以上ゴミが出ない訳はないからだ。
西アフリカ帝国があっという間に国家を立ち上げることができたのも、この発電機のおかげであった。もっとも国家は電力だけで成り立つものではなかったため、瓦解するのもあっという間であったが。
自動運転で動き続ける発電機を背に、ミラクスはまた歩き出した。
「まだ驚き足りないかい」
黙り込むアジャールを振り返り、少年は笑った。賢者と呼ばれた男は迷いながらも口を開く。
「おまえの言う通り、黄金のコルセアが超人だったとしよう。ではボック財団の目的は何だ。本当に新たな人類のリーダーとして祭り上げようというのか」
「どうなんだろう、実は私も知りたいところさ。私とボック財団は一心同体ではないからね、お互いにわからない点は多々ある。ただ」
ミラクスは一瞬言葉を切った。
「手前味噌のようになってしまうけど、果たしてオーディン・コルセアがこのまま統合政府の下で働き続けるのか、ブノノクの飼い犬の立場をまっとうするつもりなのか、そこはいま一つ疑問なんだ。何せベースが私だから、そんなに素直なはずはないと思うんだよ」
そう話しながら、ミラクスはどんどん奥へと進んで行く。
やがて重厚な気配を発する、大きな金属の扉の前に辿り着いた。
扉の横にカメラがある。どうやら眼の光彩で認証をしているようだ。扉が重い音を立てて開けば噴き出す白い冷気。巨大な冷蔵庫らしい。
中に入ると正面に、人間が入るほどの円筒が五本並んでおり、その表面には霜が降りていた。
ミラクスはその前にアジャールを案内すると、真ん中の一本の霜を、さっと手で拭き落として見せた。透明な円筒の中には人間の姿が。
「何だ、これは」
「五鬼さ」
アジャールの問いに、ミラクスは短くそう言い放った。
「五鬼だと」
「友情の印に特別に君に見せた。彼ら五人は超人計画の陰に咲いた徒花、いや鬼子と言うべきかな。とにかく、私にとっては奥の手だ。君が望むなら、いつでも手駒に加える事ができる」
アジャールは難しい顔をした。
「ここまで見せて、こちら側には何も望まぬという訳ではあるまい」
「やはり君は話が早い。是非協力して欲しい事があるんだよ」
そんな事だろうと思った、とアジャールはため息をつく。とは言うものの、ミラクスが語った情報は、それが事実ならどれも驚天動地の大ニュース。見返りを期待されても無理はない。
「いったい何を協力すればいい」
アジャールの言葉に、ミラクスは少し勿体ぶるかのように間を置き、そしてこう言った。
「山の長に会わせて欲しい」
そう来たか。いずれは来ると思っていたが、ここで来たか。
アジャールはしばし考えた。だがここまで来て後戻りなどできるはずもない。それに族長会議はもう壊滅している。全てはアジャールの腹ひとつで決まるのだ。
「……いいだろう」
静かにそううなずいた。
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