第29話 真相

 円卓の最深部への通路は一本道ではなかった。通路が左右に分かれていたのだ。


 しかし、二手に別れる余裕などない。シロワニとスワローは左を選択した。


 少し行くとまた二手に分かれている。今度は右を選択した。しばらく行くとまた左右に。


 シロワニは立ち止まり振り返った。直線だったはずの通路が、曲線になっている。


 動いている。音もなく、静かに、通路が蛇のようにうねっていた。すなわち選択は意味を成さないという事。右を選ぼうと左を選ぼうと行き着く先は同じ、円卓の主が望む場所。もしくは永遠に堂々巡りか。ならば。


 シロワニはスワローの手を取ると、後ろに向かって走り出した。気付かれたと悟った通路はもはやその音を隠すこともない。巨象が鼻を曲げるかの如く大きく左へと曲がって行く。


 通路の先は曲がり角ではなかった。そこは光に満ちた空間。飛び出した二人を、大音量の天裁のマーチが出迎えた。


「我は自治惑星地球連邦統合政府直属、天裁六部衆が一人、青玉のアルホプテス。愚かなテロリストよ、この円卓にまで辿り着いた蛮勇を称え、穏やかな死を与えてくれよう」


 アルホプテスのグランアーマーが青く輝く。その青は夜と朝の間の青。深潭の青。魂を飲み込む青であった。


「ここが最深部という訳ではなさそうだな」

「気にするな、そんな事も理解せぬままにおまえは死んで行く」


 シロワニの言葉に応えてアルホプテスが指を鳴らすと、巨大なハンマーが現れた。そして一閃、しかし手応えはない。


 常ならぬハンマーの重みにアルホプテスが振り返れば、ヘッドの上に立つシロワニ。至近距離からアルホプテスの頭を蹴り上げた。だが。


 シロワニの全力の蹴りにも、アルホプテスはびくともしない。それどころかそのまま壁に向かって走り、ハンマーを叩きつける。


 慌てて飛び降りたシロワニだったが、アルホプテスの振り向きざまの一撃をかわそうとしてバランスを崩した。次々に襲い来る巨大なハンマーの連続攻撃を、両手足を床についた姿勢でシロワニは、クルクルと体を回転させてかわし続ける。


「どうした、かわす事しかできんのか!」


 どこかで聞いたセリフだ。そういう事は当ててから言えと答えてやりたかったが、いまのシロワニにそんな余裕はない。そのとき、天井の高さから響くスワローの声。


「エイイチ、後ろ!」


 後ろってどっちだ、シロワニが思った瞬間、その首筋後ろが強烈な握力で掴まれ、まるで子猫を持ち上げるかのように軽々と高く掲げられた。


 そこで初めてシロワニは気付いた。視界の隅にアラートが出ていた事に。


 間抜けな話である。グランアーマーは察知していたのに、それを身に着けている者が攻撃をよけるのに必死で、もう一人の存在に気付いていなかったのだから。


 与えられた能力を使いこなしていない。だから弱いのだ。そんな言葉が脳裏をよぎる。


みじめなものだな」


 まるで金粉がまぶしてあるかのような言葉。


 背後から数百の白熱灯の光を当てられているかの如き、圧倒的な存在感。こんな強烈なオーラにいままで気付けなかったのが不思議なほどである。


「あの神討ヨウジと同じ才を持って生まれながら、育った環境が悪ければこの程度にしかならないのか。無残と言う他はない」


 じたばたと足掻きながら、シロワニは後ろに立つ存在に問い掛けた。


「コルセア……おまえが黄金のコルセアなのか」

「その問いには答える価値がない」


 そう言い放つ輝く存在は、シロワニを高く放り投げた。


 空中で成す術もなく回転するシロワニは、己を放り投げた者を確認した。


 黄金色のグランアーマー。間違いない、これが黄金のコルセア。


 腰の黄金色の両刃の剣が抜き放たれた。シロワニはその切っ先に向かって落ちて行く。




 ミラクスは反物質発電機を見上げる位置にまで下りると、鼻歌交じりに計器類のチェックを始めた。そしてアジャールに問う。


「超人計画は失敗したと思うかい?」

「成功例が二人という事実をどう評価するかによるだろう」


 アジャールは答えた。


 超人計画の成功例はアレクセイとイナズマの二人である。たった二人しかいない、と考えるなら失敗したようにも思える。だが、最初からその二人を生み出す事が目的であったならば、計画は成功している事になる。


 つまり目的がわからなければ、計画の成否を判断することはできないのだ。


「そうだね、超人計画の目的が超人兵団の創設ならば、失敗したと言えるかな。そしてそれは間違いなく計画の一部としてあった事だよ。だけど超人計画の目的の第一は、宇宙レベルで通用する、地球という惑星を代表し牽引するリーダーを作り出す事だったんだ。イナズマの肉体とアレクセイの頭脳を両方併せ持つような存在をね」


「そんな怪物が何故必要だったのだ」

「時代の要請かな」


 ミラクスは振り返ると笑った。


「あの頃はもうみんな飽き飽きしていたんだ。文明が発達して技術が進歩して、世界が狭くなり続けているのに、いつまで経っても国家間や民族間の争い事はなくならない。誰かが一度全てをチャラにして、まっさらな新しい世界を作ってくれないだろうか、心のどこかで地球人は誰もがそう思っていたんだよ。現代のアレクサンドロス大王を渇望していたのさ」


「だからといって改造人間を求めていた訳ではあるまい」


「うん、地球人が究極的に求めていたのは神様だからね。でも神様なんてのは、人の前に姿を現さないから価値があるんだ。それに単に正しい判断だけが欲しいなら、コンピューターの下僕にでもなれば事足りる。けれどそれは嫌だったんだ。できるだけ人間に近い、しかし間違いなく人間より神様に近い存在、おそらく大多数の地球人が求めていたのはそんな贅沢な存在だった。だから私は超人計画を提案し、ボック財団はそれを推し進めたのさ」


「待て、確かにそう考える者もいただろう。だが大多数の地球人がそう考えていたと何故思える」


「これは結果論だけど、ブノノクの侵攻以降、被支配者としての地球人類がブノノクのすべてを受け入れている姿こそ、まさに解答なんじゃないかな。超技術を持った異星人ブノノクによる支配こそが人間以上神様未満を求める地球人類の望んでいた事なのさ」


「そんなはずがあるか!」


 アジャールは激高した。


「ブノノクの支配を望まぬ地球人も沢山いるのだ」


 だがそれはポーズである。相手が誰であれ、自らの存在理由を否定するような言動には感情を露わにせねばならない。それを一度許せば、どこまでも相手に付け入られるからだ。しかしミラクスは全てわかっているといった顔でうなずいた。


「そのブノノクの支配を望まぬ地球人の内のかなりの割合が、オシリスを支持してるんだよね。すべての国家を解体すると宣言している君たちを。それってどっちにしても世界をチャラにして、新しい支配体制を作って欲しかったって事だろう」


 それを言われては返す言葉がない。アジャールは沈黙した。


「君は本当に利口だ。古いしがらみに取り憑かれて見境がなくなっている連中に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ」


 えらく古臭い言い回しをして、ミラクスは笑った。


「ま、話を戻すと、そんなこんなで超人計画は始まったのさ」


 アジャールが重そうに口を開く。


「それが本当に計画の目的ならば、超人計画は失敗だ。アレクセイは暴走し、イナズマは人類のリーダーたる資質を備えてはいない」

「そうだね、生み出したのが本当にその二人だけなら、確かに超人計画は失敗している」


 アジャールは眉を寄せた。


「失敗はしていないと言いたいのか」

「まだわからないよ。いまは実験の途中だからね」


「いったい何をしているというのだ」


 アジャールの問いに対し、ミラクスはにんまりと意味深な笑顔を返した。


「私の外見をどう思うかな。良く出来た変装だと思わないかい。どこからどう見ても地球人にしか見えないだろう。ブノノクも地球人に化けるとは聞くけど、ここまで上手くはできないはずだ。何故ここまで完璧な変装ができる思う」


 アジャールは返事に窮した。こいつは何を言っているのだろうか。


「実はね、これは変装ではないんだ。光学情報を操作して地球人に見せている訳でもない。私は自分の体を作り変えたんだよ、物理的に。それも姿形だけでなく、遺伝情報まで地球人に似せてね」


 ミラクスは楽しそうに笑う。幼い笑顔の中に、うっすらと狂気の片鱗が見える。


「私の遺伝情報をボック財団は欲しがった。だから与えたよ。それをどう使ったと思う? ブノノクに隠れて超人計画を継続していた彼らは、私の遺伝情報をベースにして、イナズマとアレクセイで培われた技術を使い、もう一人の超人を作ったんだ。彼の事は君も名前くらいは知っているはずだよ」


 その瞬間、アジャールは電撃的に理解した。そうか、そういう事なのか。目の前の金髪碧眼の少年に、あの男の姿が重なる。


「そう、君たちの宿敵、オーディン・コルセアさ」

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