第28話 源

 統合政府極東司令部庁舎の一室で午後の茶を楽しんでいた緑璧のリャンの元に、血相を変えてンディールが駆け込んできた。


「リャン老師」

「なんじゃ騒々しい」


「いま連絡が入りました。円卓に四拳聖らしき四人組が侵入したとのことです」

「ほう、あ奴らも無茶をする」


「直ちに我らも参りましょう」


「まあ待て。そう焦っても詮方あるまい。いまから宇宙港のシャトルを押さえて上がっても、円卓に着くのは九時間か十時間後じゃ。その頃にはもう全て終わっとる。大体、上には六部衆のうち四人がおるのじゃぞ、四拳聖如きではビクともすまいよ」


「これは別の情報ですが」


 ンディールは眉間に深い皺を刻んでいる。


「神討イナズマとヨウジの姿が今朝から見えないそうです」


 湯呑ゆのみを持つリャンの手が止まる。


「それは、面白くない情報じゃのう」

「もし連中が四拳聖に協力していたとしたら」


「それならばなおの事、我らがここを離れる訳には行くまい」

「何故ですか。神討ヨウジの能力は老師もご存じのはず。六部衆であれを止められる者といえば」


 はやるンディールをなだめるように、リャンは手をヒラヒラと振った。


「なればこそ、じゃよ。いいか忘れるな、我ら六部衆は地球上におけるブノノクの力の代行者じゃ。絶大な権限が我々の元に集まっておる。自治惑星地球連邦の運営は六部衆があって初めて可能となると言い切ってもいい。ちょっとやそっとの事で壊滅する訳にはいかんのだ。なればこそ、我らには常に最新のグランアーマーが与えられ、なればこそ、コルセアは常に誰かを地球に下ろし、円卓に全員が集まらぬようにしておる。ヨウジの力を恐るべしと考えておるのならばなおの事、ここで動くは下策じゃろう」


「黙って吉報を待てと仰るのですか」

「少しは信用してやれというのじゃよ。おまえさんレベルから見れば頼りない奴もいようが、それでも天下の天裁六部衆じゃ。そう簡単にやられはせんて」


 そう言うとリャンは一口、茶をすすった。


「ま、多分じゃがな」




 深山に幽谷あり。そこを下る小道の入り口に、不意に二人の人影が現れた。小さい影は金髪の少年ミラクス、大きな影は秘密結社オシリスの指導者アジャールである。


「はい、着いたよ」

「今度は本当に着いたのだろうな」


 アジャールの口調に、ミラクスは噴き出した。


「何、その言い方。信用ないんだなあ」

「これで四回目だぞ」


 そう、彼らはこの谷に到着するまでに四回のテレポートを行っていた。そこにアジャールは不審を抱いたのである。けれどミラクスは、いかにも子供らしい笑顔を見せてこう言った。


「テレポートは君たちからすれば魔法のようなものなのだろうけど、純粋に技術だから。物理的な距離に制限を受ける事もあるし、何より今回みたいにマーリンの目をかいくぐりながらジャンプしようとするなら、あまり大きなエネルギーを使えないしね。一気にここまで飛べなかったのは仕方ないよ」


 そう言うと小道を下り始めた。アジャールはまだ少し不満げな顔で、しかし素直にその後をついて行く。


「この谷に何があるというのだ」

「何があると思う?」


「宇宙船でも埋まっているのか」

「あるね、そういう話。でも残念、私はもう宇宙船は持っていないんだ。この惑星に骨を埋めるつもりだから。でも方向性としてはそんなに間違いじゃないかな」


 ミラクスは淡々と小道を下りて行く。その背中には、毛一本ほどの緊張も感じられない。アジャールを心底信用しているのか、それとも舐めているのか。


「ここから少し上がるよ」


 不意にミラクスの小さな体は道から外れ、岩場を上り始めた。アジャールはしばし呆気に取られていたが、ついて行くより仕方がない。


 行く先の壁面には大きな亀裂が走り、少年はそこに入って行った。


 亀裂の奥の空洞は、外からは闇が詰まっているように見える。だが奥に進むと、青や赤の小さな光がそこかしこに点滅していた。


 さらに奥に進めば黄色の回転灯があり、やがて目を焼かんばかりのまばゆい光が「それ」を上下から照らしている。


 それは巨大な卵。高さ三十メートルほどもある、目も鼻もない真っ白い卵の周りには足場が組まれ、ダクトパイプが縦横に走り、太いケーブルの束が何本も繋がれていた。


「何だこれは」


 アジャールの声に驚きが満ちていた事は、ミラクスの自尊心をくすぐったらしい。


「反物質発電機」


 いたく上機嫌で、ミラクスは教えてくれた。


「テレポートするにせよ、空間情報を書き換えるにせよ、あるいはいわゆる『裏のネットワーク』を拡大させるにせよ、電力というのはそうそう多すぎて困る事はないんだ。統合政府が管理している電気を盗むにも限界があるしね。だからここで必要な電力を作っているという訳さ」


「信じられん。こんな物を一人で造り上げたと言う気ではあるまいな」


「まさか。設計したのは確かに私一人だけど、部品を作ったのは地球人だし、それをここに運び込んだのも組み上げたのも地球人だよ。大事な部分の仕上げは私がやるしかなかったけど、造ったのはほとんど地球人だ。ああ大丈夫。造らせるだけ造らせて、後は口封じに殺した、なんて事はしてないから。何人かの記憶は改竄したけど、それだけさ」


「だが金はどうした」


 アジャールは、もっともな疑問を口にした。


「これだけの物を地球上で地球人に造らせたとなれば、金が必要になるだろう。おまえはどこからそんな金を集めたというのだ」


 ミラクスは笑顔を見せた。見た目相応の、無邪気で楽しそうな笑顔を。


「知りたいかい、誰が経済的に支援したのか。でもそれを知っちゃうと、もう後戻りはできなくなるよ。それでいいのかな」

「元より後戻りなどするつもりはない」


 それはアジャールの本心であった。その覚悟が伝わったからなのか、嬉しそうにその顔を見つめると、ミラクスはこう言った。


「私を支援しているのはね……ボック財団さ」


 アジャールは目をみはり、絶句した。重い沈黙が流れる中で、ミラクスは楽しげに微笑む。


「さすがに驚いたみたいだね」

「ボック財団は、統合政府の最大の後ろ盾だぞ」


 絞り出すような声で呻くアジャールに、ミラクスは大きくうなずいた。


「そうだね、そして私の最大の協力者でもある」

「どういう事だ」


「言わば、これは歴史への投資さ」

「投資だと」


「この先、地球がどうなるか、それはいかにボック財団でもわからないからね。連邦側、反連邦側、どちらに転んでも財団が維持できるよう、双方に恩を売っておかなければならないんだ」


 不快感を顔全体に浮かべながら、再びアジャールは黙り込んだ。ミラクスは幼い顔で小さく苦笑する。


「潔癖だなあ、君は。生き残りのために模索するのは、組織としては当然の事じゃないか。それにね、私とボック財団の関係は統合政府のそれに比べて、少しばかり長いし深いんだ」


 ミラクスは遠い目をした。


「私と財団が最初に接触したのは、どれくらい前になるだろう。もう半世紀ほどかな。君は知っているだろうか、『超人計画』を。あれを財団に提言したのは、私なんだよ」




 光輪は弧を描いて飛ぶ。


 空気を切り裂く音を間近に聞きながら、ジャッカルはかろうじてそれをかわした。

 チャクラムは壁に突き立つと、その回転の勢いのまま壁面を切り裂きながら駆け上がる。その様子を視界の端に捉えつつ、ジャッカルは前に出た。


 だがすでにクリシュナの右手には新たなチャクラムが現れ、ジャッカルに向かって放たれていた。


 縦の軌道を取ったチャクラムは脳天から唐竹割りにせんと襲いかかる。


 紙一重で後ろに仰け反りかわしたジャッカルに、クリシュナの左手からさらに新たなチャクラムが追い打ちを掛けた。


 後ろに飛び下がりながら、ジャッカルはそれをグランの爪で弾こうとしたものの、逆に爪の半ばに達するまで食い込まれてしまった。


「ボクのチャクラムはただのグランの塊じゃない」


 クリシュナは一歩前に出る。


「刃先に超振動を与えてあるんだ。だからキミのグランアーマーなんて鉄板とそう変わらない」


 しかしジャッカルはそんな言葉など聞いてはいなかった。


 繰り返しだ。同じことを繰り返している。それが我慢ならなかった。


 一歩前に出ようとしてはチャクラムの攻撃を受け、それを避けるために後退する。その繰り返し。


 さっきまで人口重力ブロックにいたはずなのに、あれよあれよという間に加重エリアのエスカレーターにまで押し戻されてしまった。


 いっそ無重力ブロックまで下がるか、一瞬そう考えて、やめた。


 馬鹿馬鹿しい、ここは相手の本拠地だ。無重力での戦いにも慣れていると考えるべきだろう。対してこちらは無重力戦の経験など皆無。無駄に死ぬだけだ。


――無駄死にはご免だね


 ノナの言葉が脳裏をよぎる。


 くそ、走馬燈じゃねえんだぞ、縁起でもねえ。ジャッカルはそうつぶやくと、構え直した。クリシュナは小首を傾げる。


「ふうん、まだやる気があるんだ。意外だね。そういうのも嫌いじゃないよ。気に入らないけどね」


 思い出せ、思い出せ。イナズマと戦ったときの事を。


 ジャッカルは己に問うた。あのとき俺はイナズマの剣を受け止めた。そして前に出た。どうやって止めた。どうやって前に出た。思い出せ、思い出せ。


 下がることは考えるな、前に出ろ、前に進め、こじ開けろ、乗り越えろ、その向こうに活路はある。


「じゃあこれで最後だね!」


 クリシュナの両手から同時にチャクラムが放たれた。


 加速しろ、前に飛び出せ。ジャッカルが吠える。


 左右から唸りを上げてチャクラムが迫る。その交差する点こそは、ジャッカルの首の位置。このまま進めば首を落とされる、ならば。


 もう一段加速する。かわすな、下がるな、床を蹴れ。


 ジャッカルはその身に炎をまとった。その熱波の生み出す気流が、一ミリでもチャクラムを遠ざけてくれればと。


 結果、二つのチャクラムはジャッカルの首の後ろで交差した。その瞬間、ク・クーの全身を万能感が支配する。勝った、と思った。しかし。


 弧を描いた二つのチャクラムはジャッカルを後ろから追い越して飛ぶと、クリシュナの手元に戻る。それを両手に掴み、白銀のグランアーマーは舞うように腕を振るった。


 ジャッカルの足は止まらざるを得ない。反射的にグランの爪を顔の前にかざしたが、甲高い音を立てて両手の爪は切り落とされた。


「だから最後だって言ったじゃないか」


 クリシュナは両手のチャクラムを人差し指でクルクル回す。


「キミはここで最期を迎えるんだよ」


 駄目だ、強え。ジャッカルは奥歯を噛んだ。




 赤い馬にまたがったロボット兵が剣を振り下ろす。左腕に絡みつく多条鞭を引っ張りながらそれで剣を受けると、バイソンは馬の脇腹に蹴りを入れた。


 だが浅い。


 ハーンが鞭を引っ張り返しているためにバランスが取れないからだ。


「往生際が悪い! もう諦めろ!」


 ハーンは鞭をグイグイと引き上げ、バイソンはそれに抗う。


「往生際が悪いのはお互い様だ」

「何だと!」


「おまえはいつまで六部衆にしがみ付いているつもりだ。己の歳を考えろ。後進に道を譲るべきだとは思わんのか」

「地位も名声も勝ち取るものだ! 自身の力と才覚で奪い取れなければ、それは奪い取れぬ側に問題がある!」


「おまえが何を勝ち得たと言うのだ。おまえが六部衆となれたのは、救済の五英雄の一人と認められたが故、そしてその五英雄と認められたは、イナズマの剣があってこそ。もしイナズマが六部衆になる事を首肯していれば、おまえなどに用はなかった」


「黙れ!」


 ハーンは激高した。


「黙れ黙れ黙れ! テロリスト風情が何を言う!」

「ワシは自らの意志で己の居場所を定めたのだ。棚ぼたの機会にしがみ付いたおまえとは違う」


「黙らんか!」


 ハーンは鞭を引いていた力を一瞬緩めると、手首を回転させた。


 鞭は波を描き、バイソンに向かって宙を走る。


 鞭を引く事でそれを打ち消そうとしたものの、波の移動速度はバイソンの反射速度を上回り、強烈な一撃を顔面に喰らわせた。


 その勢いでバイソンは思わず鞭を握った手を放す。ハーンは多条鞭を一旦手元に呼び戻すと、右腕を十文字に振るった。


「何も! 勝ち得ていないだと! このハーンが! 何も! 何も!」


 振るうたびにハーンの腕は加速する。


 バイソンは両腕を盾に攻撃に耐えていたが、グランアーマーに亀裂が走った。


 亀裂を修復するには野牛形態になるか、一度グランの結合を解いて再装着すればいい。だが、それを行う隙がない。


 ハーンの加速する腕はやがて亜音速に至り、振るう鞭の先端は音速を超える。


――相手の懐に飛び込んだからといって、どうこう出来るというレベルではない


 悔しいが、ヨウジの言う通りだったようだ。こうなっては、もはや挽回も叶わぬのかも知れない。


 だが、ただでは死なん。バイソンのグランアーマーの内側には、大量の爆薬が詰め込まれている。


 エイイチ、後は頼んだ。アマンダルは心の中でそうつぶやいた。

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