第27話 カン=リエンの少年

 アカリはヒカルの髪を撫でている。だが反応はない。ヒカルの見開かれた鏡のような双眸に映る我が身が見えてはいたが、ヒカルの心には何も届いていないのだろうと思うと胸が掻き乱された。


 その背後で黄金のコルセアは淡々と命令を下している。地球全土の上空を覆い尽くす防衛衛星の攻撃ネットワークと、その支配者マーリン。


 それが可能にする世界同時爆撃。世界三十一箇所の標的への一斉攻撃。降り注ぐミサイルの雨。蟻の這い出る隙間もない。


 最大最強を誇った反地球連邦組織、秘密結社オシリスの族長会議は一瞬で壊滅した。しかし。


「目標消滅」の文字と共に、一つ、また一つと消えて行くモニター。標的の数は三十一。ならば消えるべきモニターの数も三十一。


「いくつ消えた」

「三十です」


 コルセアの言葉にマーリンは即答した。


「誰が残っている」


 消えない最後の一つのモニターをコルセアは見つめた。


「アジャールです」


 あの演説がコルセアの脳裏をよぎる。オシリスの智将、思想的支柱、東方の賢人アジャール。一番最初に潰すべき相手を、取りこぼしてしてまったのか。


「敵の位置は」

「変わらず」


「ミサイルで追加攻撃」

「御意」


 しばしの沈黙が円卓の間を流れる。


「着弾確認」


 マーリンの声にも、モニターは消えない。


「レーザー砲で攻撃」

「御意」


 レーザーは即座に発射された。


「攻撃中。熱反応域拡大」


 だがやはり、モニターは消えない。


「何故だ」


 コルセアは問う。マーリンは答えた。


「何かが星辰眼をあざむいているとしか」


 その答に、コルセアは嫌なものを感じた。




「天頂眼も星辰眼も、結局は精神感応による現象だからね、どうしても勘違いとか思い込みとかが起きる。それを利用させてもらったのさ」


 見た目に似合わぬ、幾分ドスの効いた声でそう言う。それが本当の事なのかどうか、アジャールには確認する手段がない。だが目の前に立つ少年には嘘を言うメリットがあるとも思えなかった。


 金髪に青い瞳、品のある服装をした十歳くらいのこの少年が、何故砂漠の只中にいたアジャールの前に突然現れたのか、一切は不明である。


 ただ、少年の発した警告に従ってテントを出た直後、衛星からミサイル攻撃を受けたのは紛れもない事実。そしていまテントのあった場所は、レーザーによって灼熱地獄と化している。


 不意に少年が手を上げた。空を指差す。


「今度は何だ」

「ああ、上空の光学情報を書き換えているだけだよ。衛星から見つけられないようにね。円卓のマーリンに気付かれないように最小限にしないと」


「おまえはいったい何者なのだ」


 アジャールの当然の疑問に、振り返った少年はにっこりとほほ笑んだ。


「私はミラクス。かつてはカン=リエンの民だった」

「カン=リエンとは何だ」


「私の生まれ育った惑星の名前だよ」

「異星人だというのか」


 しかしその声に驚きはなかった。ミラクスはうなずく。


「さすがに君は賢いね。ブノノク以外の異星人が地球にいる事は想定済みだったのかな」

「想定はしていなかった。だが普通に考えればその可能性もあるだろうとは思う」


「君を助けた事は正解だったようだ。本当なら君の仲間も助けてあげたかったのだけどね、物理的な距離があり過ぎて手が回らなかった。申し訳ない」


 ミラクスはそれほど申し訳ないでもなさそうな顔でそう言った。


「いや、それは構わない」


 対するアジャールは、逆に本当に構わないといった風に見える。


「それより助けた理由が知りたい。何が望みだ」

「望みねえ、望みと言えば、一つ」


 少年は人差し指を立てた。


「ブノノクへの意趣返しかな」

「意趣返しだと」


「ここで友情の証として、私について賢い君が想像もしていなかった事実を教えてあげよう。実はね」


 少年はにんまりと笑った。


「西アフリカ帝国を作ったのは、私なのさ」


 これにはさしものアジャールも絶句した。本気で言っているのか冗談なのかすらわからない。


「あのときは旗揚げのタイミングとしては最悪だった。本当はもっとじっくり時間をかけて国造りをするつもりだったんだけどね、ブノノクの侵攻まではさすがに予想できなかった。で、慌てて国を立ち上げた結果、たった二年で西アフリカ帝国は瓦解してしまった訳さ。本当に残念だよ。ブノノクさえやって来なければ、西アフリカに理想郷が建設できたのに。私が西アフリカのインフラ整備にどれほど尽力したのかブノノクは知らないだろう……いや、逆かな。知っているからこそ潰しにかかったのかな。ブノノクは狡猾だからね、私の存在に気付いているのかもしれない」


 ミラクスは他人事のように、軽薄とさえ思えるほどに明るく話した。


「まあ、そんなこんなで私はブノノクに意趣返しがしたいのさ。その点について君たちとは共闘できるのではと思ってね」

「我らオシリスの最終目的は全ての国家体制の解体だ」


 それは当然西アフリカ帝国を含めて、という意味である。しかしミラクスは笑顔でうなずいた。


「知ってるよ。私だって別に西アフリカという土地に拘っている訳じゃない。地球全土が理想郷になるのなら、それがベストだと思っているさ。それに私をオシリスの要職として迎え入れろと言ってる訳でもない、あくまでも可能なところだけ、部分的に共闘できないかと提案しているんだ。難しい話ではないと思うけどね」


 アジャールはしばし黙考した。そして問うた。


「質問がある」

「何でもどうぞ」


「おまえは何故カン=リエンを出て地球にやって来たのだ」


 睨みつけるようなアジャールの視線に、少年は朝日のように爽やかな笑顔で、事もなげにこう答えた。


「追放されたのさ。カン=リエンを理想郷に変えようとした罪でね」




 ヨウジ達を乗せたシャトルは静止衛星軌道へと入った。秒速三キロを超える猛烈な速度で飛びながら、シャトルはゆっくりと円卓へと近付いて行く。


 相対速度は時速にして数十キロの差しかない。円卓が遥か彼方に指の先ほどの大きさに見えたとき、ヨウジはイナズマとインカに操縦室から出るよう促した。


 操縦室の中に誰かがいると気付かれれば、その時点でおそらくドッキングは認められない。ドッキングが完了するまでのしばらくの間、操縦室は空にしておかなければならないのだ。


 三人が操縦室から出たところに、格納庫からノナがやって来た。


「もうすぐドッキング?」

「そういう事だな」


 ヨウジは面白くもなさそうな顔で答えた。


「ドッキングしたら、うちらが先に出るから」


 それは静かな宣言であった。先に飛び出すか後から出るか、どちらが危険かは一概に言えないが、どちらが勇気を必要とするかは明白である。


「ヒカルの事を気にしているのなら、余計なお世話だぞ」

「そんなんじゃないよ」


 ヨウジの言葉に、ノナは驚いたような顔を見せた。まさかこの男に気遣われるとは思っていなかったのだろう。


「では何だ」

「プライドの問題」


 ヨウジは片眉を上げた。


「そんな事のために死に急ぐのか。馬鹿げた話だ」

「それを言うなら、そもそも六部衆に直接対決を挑もうなんてのが馬鹿げた話。いまさら言っても始まらないだろ」


「僕にとっては違うがな」

「言うと思った」


 ノナは花のように笑った。


「だけど、あたし達にとってはそうなんだよ。どんなに馬鹿げた話でも、そこに意味があるなら乗っかるしかない。そうやって生きて来たんだ。アマンダルもそう、ク・クーもそう、エイイチだってね」


「その結果があの体たらくでは、情けなくて笑う気にもならんがな」

「ホントに厳しいね、ヨウジは」


「貴様らが甘いのだ。だからアレは付け上がる。だから強くなれない」

「それでもね」


 ノナは三人の前を通り過ぎ、振り返る事なくこう言った。


「あたしはそんなエイイチが好きなの」


 そしてそのまま、トイレに駆け込んでしまった。




 シャトルは逆噴射をかける。そして相対速度を時速マイナス二キロにまで落とし、円卓のドッキングポートに接岸した。エアロックが解放され、格納庫が開かれる。


 それは偶然。


 通常は警戒に割り当てられるマーリンのリソースが、防衛衛星ネットワークの掌握とアジャール捜索に回されているいまだからこそ成立した奇跡の瞬間。


 そのときまで、マーリンは気付かなかった。シャトルの中にグランアーマーの反応がある事に。


 警報が鳴動し、隔壁が閉じられる。しかし生半可な隔壁など、オシリス四拳聖の前には紙の盾も同然。バイソンの角とシロワニの手刀とジャッカルの爪に次々と打ち破られて行く。スワローは爆薬でパンパンに膨らんだリュックを背負い飛んだ。


 加重エリアのエスカレーターは止まっているが、重力装置は生きている。四人は途中、三枚の隔壁を破り、エスカレーターの下端、人工重力ブロックの入口に辿り着いた。


 この扉の重厚さは、これまでの隔壁とはまるで違う。けれどそれを破る必要はなかった。


 扉は自ずと開いた。向こう側に立つ、シルバーとクロームで飾り立てられたグランアーマーを誇らしげに輝かせながら。いま、天裁のマーチが鳴り響く。


「自治惑星地球連邦統合政府直属、天裁六部衆が一人、白銀しろがねのクリシュナ見参。さあ、ボクの相手をするのは誰だ」

「俺だ!」


 前に踊り出たジャッカルが仲間に告げる。


「おまえら、先に行け」

「ああ、行っても構わんよ」


 道を開けたクリシュナに戸惑う四人。だがそれはほんの一瞬。シロワニが、バイソンが、そしてスワローが通路を駆け抜けた。


「信頼は麗しいね。様式美も素晴らしい」


 クリシュナの言葉に、ジャッカルは噛み付くように問うた。


「おまえ、何が言いたい」

「嫌いじゃないって事さ。ただし」


 クリシュナは右手の人差し指を上に向けた。その指を中心に、直径三十センチの円を描いて光が奔る。


 やがて光は光輪となった。チャクラム。紙よりも薄いグランの刃。


「キミがボクの相手をするのは十年早かったようだけどね」




 ジャッカルを除く三人が通路から広い空間に出ると、そこは公園だった。


 噴水、立木、そして芝生。


 その芝生の緑の上を、赤い蹄が踏み進んで来る。空間の幅いっぱいに広がった十五の赤い塊。それは全身を朱に塗られた、グランで出来たロボット馬。


 馬上に揺られるのは、髑髏の面を被ったグラン製のロボット兵が十四。そして彼らを率いる中央の赤馬。鞍上には縁を朱色で染めた赤銅色のグランアーマー。かつて馬帝と呼ばれた英雄。


「我こそは赤銅のハーン! 自治惑星地球連邦統合政府直属、天裁六部衆が一人なり! よくぞ辿り着いた! ここまで到達した事を褒めてやる! だがしかし、ここで終わりだ! 三人まとめて死をくれてやろう!」


 バイソンは告げる。


「エイイチ、ノナ。活路を開く。おまえたちは先に進め」

「待て、アマンダルそれは」


「いまは考えるときではない」


 バイソンはシロワニの言葉を遮った。


「六部衆はあと二人いる。その二人を、エイイチ、おまえに任せる。ノナを最深部まで連れて行け」

「……わかった」


「相談はまとまったか!」


 ハーンは律儀にも待ってくれていた。


「では死ぬがいい!」


 ハーンの両脇二頭ずつ、計四頭の赤いロボット馬が先陣を切る。


 芝をえぐり土を巻き上げて駆け寄る蹄が前脚を高く掲げると、三人に向かって振り下ろした。


 その蹄の打撃を一身に受け、しかしバイソンは唸り声を上げて前に出た。トルクフルな下からの突き上げが、四頭の馬をロボット兵ごと持ち上げ、そのままハーンに向けて叩きつける。


「いまだ、行け!」


 バイソンは叫んだ。しかし。


 しかかるように赤銅のハーンに向けて落ちてきた四頭の赤い馬は、ハーンの腕振り一閃でロボット兵もろともキャベツの如く千切りになると、グランの結合を解き霧と化した。


 ハーンの右手に握られているのは、一本の持ち手から十四本の鞭が飛び出す多条鞭。もちろんグラン製である。


「行かせんと言っている!」


 駆け寄ってきたハーンはスワローに向かって多条鞭を振るった。


 しかし間一髪、シロワニの手刀がそれを弾き、弾いた鞭を掴んだバイソンが全力で引っ張る。


 ハーンとバイソンの綱引き、それを見てシロワニはスワローの手を引き宙に身を躍らせた。


 後ろ足で壁のようにそそり立つロボット馬たち。だがその頭を踏み台にして、シロワニとスワローは奥へと進んだ。

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