第21話 来襲
電動車椅子に乗った、ンディールの歳の離れた妹――確かシェーラと言ったか――が、今日もやって来た。
叱られて懲りたのではないのかと思わないでもなかったものの、それでもヒカルは笑顔で彼女を迎えた。
「いらっしゃい。今日は何?」
「あなた、人質なんですってね」
相変わらず身も蓋もない言いようである。ヒカルは苦笑しながらうなずいた。
「うん、そうみたい」
「不安じゃないの。こんなところに一人でいて、怖くないの」
「そりゃ不安だし、怖いよ」
「とてもそうは見えないんだけど」
シェーラの疑惑の視線に、ヒカルは困ったような笑顔を浮かべる。
「不安だし怖いけど、怖がってばかりいても仕方ないじゃない、こうなっちゃったんだし。それに、ここにもいい人はいるし。シェーラちゃんのお兄さんとか」
「……確かに兄はいい人よ。いい人過ぎるくらい」
「シェーラちゃんはお兄さんが大好きなんだね」
「そんなんじゃない!」
しかしシェーラは、突然頭を振った。
「兄は私の誇りなの、いいえ、私達家族の誇りなの。一族の栄光を背負って立つ特別な存在なの。だから、私みたいな役立たずが好きとか言っていい相手じゃないの」
「そっか。シェーラちゃんは、お兄さんの役に立ちたいんだ」
「当たり前でしょ、そんな事」
シェーラは睨み付ける。けれど、ヒカルは静かに微笑みを返した。
「でも妹の立場としては、役に立つ立たないとは別のところで、お兄さんを好きでいいと思うんだけどな。私もそうだもん」
「あなた、お兄さんがいるの」
「いるよ。二人いる」
「二人……どんな人」
「一人はね、真面目な人。真面目過ぎて、自分の手足を縛り付けちゃってるような人。とても悲しい人かもしれない」
「もう一人は」
「うーん」
ヒカルは腕組みをして首をひねった。
「何て言えばいいんだろ、とにかくね、無茶苦茶な人。悪い人じゃないと思うんだけど、無茶苦茶を絵に描いたような人って言うしかないかなあ」
「そんな人達の事が好きなの」
「うん、好き。お兄ちゃん達の事は大好き」
ヒカルは満面の笑みでそう答えた。シェーラは呆気に取られている。
「変わった人」
「えへへ、そうかな」
と、そのとき。突然館内に警報が鳴り響いた。シェーラが眉を寄せる。
「何なの、これ」
「何だろうね。訓練かな」
他人事のように呑気なヒカルを嘲笑うかのように、館内放送が喚きたてた。
「一階正面玄関にて第一級事案発生、セキュリティスタッフは直ちに急行せよ。繰り返す、第一級事案発生」
声の緊迫感が、いま起こっている事態の深刻さを表す。
「……あれ、まさか」
ようやく事の重大性に気付いたヒカルの背筋に、冷たいものが走った。
時を遡ること数分前、統合政府極東司令部庁舎の一階正面玄関前にて、一悶着が起きていた。
「困りますねえ。この庁舎には特別に許可を貰った人以外、グランアーマーを装着したままでは入れないんですよ」
警備員はあまり困っていなさそうな顔でそう言った。ちらちらと白いグランアーマーに目をやる。これが問題だ、と言わんばかりに。しかし相手は平然としており、引く様子はない。
「妹に会いに来ただけなのだがな」
「申し訳ありません、どんな理由であろうと、グランアーマーを身に着けている限りはお通しできません」
「州政府から連絡が来ていると思うのだが」
「どこから連絡が来ていても同じです。ここは通せません」
警備員は徐々に高圧的になって来た。苛々しているのだろう。すると相手はポンと手を打つ。
「なるほどわかった、ではここでグランアーマーを外して預かってもらえば良いのだな」
「い、いや、それは困ります」
今度は本当に困った顔をした。それはそうだろう、
天下の統合政府極東司令部の玄関を預かる身としては、それだけは絶対にできない。沽券に関わるのである。その警備員の様子を見て、相手は小首をかしげた。
「では、どうあっても僕らを中に入れる事はできないと言うのかな」
「失礼ですが、あなた方は非常に怪しく見えます。例えグランアーマーを外したところで、怪しいという時点で我々としてはここを通す訳には行かないのです。ご理解ください」
「なるほど、貴様の立場はわかった」
神討ヨウジは、ニッと笑った。
「ならば押し通るまで」
突風が吹いた。その猛烈な風圧に押され、警備員は五メートルほど真横に移動する。ヨウジとインカは正面から堂々と敵地に踏み入った。
「おい、待て、おまえら」
警備員は警棒を手に後ろから追い縋った。しかしその足元を、見えない何かが薙ぎ払う。
すっ転んだ警備員は、その体勢のまま警笛を吹き鳴らした。これに反応し、庁舎の防衛機構が立ち上がる。
警報が鳴り、受付や案内所はグランの壁に覆われ、エレベーターや階段にも隔壁が降りた。だが。
「こんなもので僕の足止めができると思っているのか」
ヨウジがそう言うと共に、見えない砲弾が階段の隔壁を撃ち破る。
館内に警報が鳴り響く中、アカリはセキュリティセンターに飛び込んだ。
「何があったの」
その眼に映ったモニター画面には、階段を駆け上がるヨウジと白いグランアーマーの姿。
「三階踊り場、セキュリティスタッフと接触します」
オペレーターの声に、アカリは息を呑んだ。
「なんて事」
州政府からの連絡は来ていた。だが州政府に「手を出すな」と言われて、統合政府が「はいそうですか」とは言えない。格というものがあるのだ。
ましてやヨウジがいかに力に驕っていたとしても、まさか統合政府に正面切って挑むような馬鹿な真似はしないだろうという希望的観測もあった。
「中央本部に緊急連絡」
アカリは自分の声が上ずっていないかを確かめながらオペレーターに命じた。
統合政府のセキュリティスタッフは専用のグランアーマーを装着し、標準装備の自動小銃にはグラン徹甲弾が採用されている。そんじょそこいらのグランアーマーなら、一瞬で蜂の巣である。
「止まれ!」
階段を風の速さで駆け上がってくる二人は、けれど止まる気配すら見せなかった。
「撃て!」
指揮官に迷いはなかった。
統合政府極東司令部にケンカを売るような真似は、まともな人間ならする訳がない。どんな手段を使ったのかは知らないが、隔壁を破り階段を上がって来た時点で間違いなくテロリストである。打ち倒すのに躊躇はいらない。
十名の隊員はトリガーを引き絞った。しかし、彼らは見た。自分達が対象に撃ち込んだ弾丸が、全て途中で軌道を変え、周囲の壁面にめり込んで行くのを。
一発も当たらない。そんな馬鹿な事があるのか。指揮官が呆然としたとき、足元に烈風が吹き荒れたかと思うと、セキュリティスタッフは体を持ち上げられ、そのまま階段の下へと叩き落された。
五階の踊り場には重機関銃が待ち構えていたものの、これまた弾が当たる事はなく、ただ壁の傷を増やしただけでヨウジとインカの足を止める事はできなかった。
その頃、九階にはアカリが赴いていた。さすがにヒカルもシェーラも不安の色を隠しきれない。
「お姉ちゃん、何があったの。まさか」
「そのまさかよ。ヨウジが暴れているの。あなたを取り戻すつもりでしょうね」
「ヨウ兄ちゃん……私、止めてくる」
立ち上がったヒカルの肩を、アカリは抑え込んだ。
「およしなさい。巻き込まれでもしたらどうするの」
「だけど、私が行かなきゃ大変な事になる」
「もうなってるわ」
アカリは首を横に振る。
「大丈夫よ。兄様がなんとかしてくれる」
強く言い切るシェーラの言葉に、アカリは笑みを返した。
「そうね。ここはンディール卿に任せましょう」
そしてヒカルを見つめた。
「あなたは一緒に来て」
「次はどこに行くの」
「屋上に緊急脱出用のシャトルがあるわ。それを使って円卓に向かいます」
「円卓」
何故だろう、ヒカルはその場所を知っている気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます