第19話 思案
ブノノク侵攻から三十年。その間、技術的な面でもっとも発達したのは言わずもがな、グラン関連であるが、その一方で衰退した技術もある。その代表がロケットである。
現在、地球の宇宙開発はその全てをブノノクが管理している。人工衛星や宇宙ステーションの打ち上げは行われているものの、それらにはブノノクの小型シャトルが使われていた。
地球製のロケットを使うよりも低コストで高効率なためやむを得ないところではあるのだが、もはや地球人自前のロケット技術など旧式の弾道ミサイルにその面影を残すだけで、消滅寸前、風前の灯であった。
とは言うものの、それでは地球人にとって宇宙は縁遠くなったのかといえばそうでもなく、ブノノクの宇宙船を使った月や火星への宇宙旅行は広く行われており、大多数の人類にとって宇宙は以前より身近なものとなっていた。
しかし、その恩恵を享受できない者もいる。その最たるものが反地球連邦組織である。
オシリスの四拳聖は頭をひねっていた。天裁六部衆の中枢、いわゆる円卓の場所はわかった。だがそれは静止衛星軌道上。どうやってそこまで行くのか、その方法は限られている。
「客船をハイジャックする」
「却下」
ク・クーの提案に、ノナは即答した。
「何でだよ、ハイジャックが一番簡単だろ」
「どこが簡単だよ。まずどうやってグランアーマー装備したままで宇宙軍港に入れるのさ。どう考えてもそれが無理だってのは、もうわかりきってる事だろ」
「じゃ、グランアーマー置いて行こうぜ」
「丸腰でどうやって六部衆に勝てるんだよ」
「そんな事言ってたら、一生かかっても円卓になんて行けねーじゃねえか」
ク・クーはむくれてしまった。しかしノナは引かない。
「あたしは無駄死には御免だね。行きたいんなら一人で行きな」
ため息混じりにアマンダルは言う。
「宇宙軍港の線はなしだ。そもそも軍港のセキュリティがどの程度のレベルのものなのか、我々は把握できていない。あまりにも勝ち目がなさ過ぎる」
「なら、あと残っているのは地方の宇宙港だな」
エイイチが言うように、現在地球から宇宙空間に出るための場所は二種類ある。
まずは宇宙軍港。これはアフリカとロシア、そして北米の三箇所にある、軍艦や採掘船、宇宙旅客船などが寄港する巨大施設である。
二つ目は宇宙港。これは各州に一つくらいはある、大抵は空港に併設された施設で、主に人工衛星や、宇宙ステーションで用いられる資材などを打ち上げるためのシャトルが発着する。
「どうせハイジャックするなら、宇宙港からシャトルを強奪する方が現実的だろう」
エイイチの言葉に、しかしノナは首を振る。
「でも強奪なんかしたら」
「そうだ。強奪なんてすれば、おそらく即座に円卓に連絡が行く。そして相手が準備万端整えたところに、ノコノコ乗り込む事になる。それじゃ意味がない」
エイイチは自答した。アマンダルは唸る。
「だが行くとすれば、宇宙港からしかない。問題は、そこからいかに六部衆に気付かれずに円卓に辿り着けるか、だ」
しばしの沈黙。重い空気が流れる中、ノナが口を開いた。
「思うんだけど、権力の集まるところには金も集まるよね。だとしたら」
北米大陸から黄金のコルセアを乗せて発進したシャトルは、九時間をかけて円卓へと到着した。ドッキングポート周りにはグラン製の宇宙服が並び、敬礼をしている。
エアロックの扉が開き、警備兵の先導を受けたコルセアが無重力ブロックに降り立った。下りのエスカレーターの手すりを掴み、加重エリアへと入る。
段々と足に重みが加わって行く感覚は、慣れてはいてもあまり気持ちの良いものではない。
やがてエスカレーターは終わり、扉を開け、人工重力ブロックへと入る。その重厚な扉の向こうで、コルセアを待っていた者がいた。
「よ、ご苦労さん」
「老師、どうされました」
緑璧のリャンはスーツ姿で出迎えた。一見こざっぱりした紳士に見える。だが口調まで紳士的にはならないようだ。
「おまえさんが来るのを、いまかいまかと待っておったんじゃよ」
「私ではなく、シャトルを、ではありませんか」
コルセアは微笑を浮かべる。リャンは照れ隠しで手をぱたぱたさせた。
「細かい事は言いっこなしじゃ。んでは、ワシは行かせてもらうぞい」
「それは構いませんが、老師。資材搬入の関係で、あのシャトルは次は北米ではなく日本に降りますが、よろしいですか」
「何じゃと」
リャンは少し当惑したような顔を見せた。
「ふうむ……久し振りにラスベガスに行くつもりだったんじゃが。ま、いいじゃろ。地球の上ならどこでもたいして変わらん。先に日本見物も悪くはない」
「それなら結構です。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
軽く会釈をしたコルセアに、「んではな」と手を挙げ、リャンはエスカレーターへと歩いて行った。
「妖怪め」
誰にも聞き取れぬ声でそうつぶやくと、コルセアは意味深な笑みを浮かべた。
船での記憶は、ヘルメットを
そこから一日かけて様々な検査を受けた後、そのまま統合政府極東司令部庁舎に移送となった。
元々しばらくは家に帰れないと思っていたので、それほどショックは受けていない。
部屋の中にはベッドとユニットバスとトイレ、クローゼットとテレビ、それだけ。窓は
監獄と違うのは、ドアを開けて外に出られる事だ。
ただし出られるとは言っても、移動できるのは部屋のあるそのフロアだけ。階段の扉は施錠されているし、他の部屋も全て施錠されている。エレベーターのボタンは押しても反応しない。そしてそのフロアにはヒカル以外に誰もいないのだ。だだっ広い独房と言うべきかもしれない。
日に三度食事のときだけは、白衣を着た大柄な男がエレベーターから降りて来て、部屋に食事を運んできてくれるのだが、他人を目にするのはそれだけ。
あとはずっと一人で何をするでもなく、されるでもなく、ただ日がな一日ボーッとしていた。
部屋や廊下にある監視カメラを覗き込んだり、手を振ってみたりしてみたが、反応はなかった。まあ当然の事ではあろうが。
そんな状態が二日続き、三日目、さすがにヒカルも退屈になっていたところに、突然の訪問者があった。
食事の時間でもないのに部屋の扉が開いたかと思うと、電動車椅子の少女が入って来たのだ。
ドレッドヘアのアフリカ系。気の強そうな、大きな目が印象的だ。見た感じ、ヒカルよりも年下に思える。少女はずんずんと近づいて来ると、いきなりこう言った。
「超能力者って、あなた?」
「へ」
おそらく星辰眼の事を言っているのだとは思うが、こう聞かれると何と答えてよいやら。ヒカルは戸惑った。
「どうなの」
「いやあ、どうって言われても、多分私の事なんじゃないかなあ、って思うけど」
「じゃ、何かやってみせてよ」
「え」
「できるんでしょ、何かやってみせなさい」
「ええっ、何かって、え、私が? えっと、ちょっとそういうのは」
「何よ、出来ないの。あなた本物の超能力者?」
「そ、そう言われましても」
ヒカルが困り果てていたそのとき、部屋の入口に、黒く大きな影が立った。
「シェーラ、何をしている」
黒鉄のンディールは、眉間に深く皺を刻んでいる。シェーラと呼ばれた少女は、振り向きざまに、ヒカルを指差して言った。
「兄様、こいつ偽物よ。超能力なんて持ってないのよ」
「シェーラ」
ンディールはため息をつきながら首を振った。
「兄様はこいつに騙されているのよ」
「いい加減にしないか!」
ンディールは厳しい声を上げた。
「シェーラ、私の仕事に口を挟むなと何度言わせれば気が済む」
シェーラは小鼻に皺を寄せ、涙目でンディールを睨むと、部屋を出て行ってしまった。ンディールはヒカルに頭を下げる。
「済まなかった。あれの事は気にしないでくれ」
「妹さん、ですか」
ヒカルの言葉に、ンディールは微笑みを浮かべた。
「随分と歳が離れているだろう。うちは二十人兄弟でね、私は長男、シェーラは末っ子なんだ」
「シェーラちゃんは、お兄さんが大好きなんですね」
それにはンディールは答えず、ただこう問うた。
「ここの生活に不自由はないか。要望があれば聞こう」
「不自由と言うほどじゃないですけど、何冊か読む本があると嬉しいです」
「担当者に伝えておこう」
そう答えると、ンディールは背を向けた。
それから一時間後、ヒカルの部屋には急遽ブックシェルフが取り付けられ、世界名作文学全集が並べられた。
ヒカルの顔を見に行く。ヨウジがそう告げた途端、家族会議が始まった。首相官邸の執務室である。
「どういうつもり」
頭を抱えたリタに、憤然とヨウジは言い放つ。
「そっちこそ、どういうつもりだ。何故兄が妹の様子を見に行くだけで家族会議なのか。しかもこんな場所で」
「こんなところで話すのは、ヒカルの事がすでに政治問題化しているから。内容次第では閣議に諮らなければならないのよ」
「そんな理屈など僕は知らん。心優しい妹思いの兄が、寂しい思いをしているであろう妹を見舞うというだけの事に、政治がしゃしゃり出て来るなどもっての外だ。恥を知れ」
「あなたのその言葉を真に受けるのは、かなりの勇気がいるのだけど」
「心外だな、僕ほど正直な男はそうはいないぞ」
「あなたは正直に無茶苦茶な事をするでしょう」
流石に天頂眼は節穴ではない。ヨウジは鼻をフンと鳴らせた。
「そもそもヒカルを差し出す際には僕が同行するという事になっていたはずだろう。それをなし崩し的に反故にされた事に抗議はしたのか」
「それは、極東司令部が頑として聞き入れてくれなくて……ねえわかって頂戴、そもそも対等な交渉が出来るような力関係ではないの」
「そうやって僕のときもあちらを立て、こちらに気を遣い、なんやかんやしてるうちに十年放ったらかしになったのではないのか」
リタは口をつぐんだ。それを言われると何も返せなくなるのだ。ヨウジは立ち上がった。
「アカリを引っ張り出せ。そして僕が現れても何もしないよう伝えろ。向こうが何もしなければ僕も何もしない。それは約束しておいてやる」
そう言うと、ヨウジは執務室を出て行った。リタはため息をつく。イナズマは最後まで一言も発しなかった。
執務室を出て官邸のエントランスに向かうヨウジが廊下の角を曲がる。その直前、耳元でエレーナの声がした。
「来るよ」
踏み出した足の下の感覚が変わる。コンクリートの床から砂へ。足がめり込む。
そこは広大な砂漠。雲一つない青空。照りつける陽光。ひゅうひゅうと風が吹き、砂の山に風紋を刻んでいる。
「サハラとでも言うんじゃあるまいな」
ヨウジのその言葉に、
「ご明察」
背後から声がした。
ヨウジが面倒臭そうに振り返ると、そこにはヒトデのような形をした、ブヨブヨとした人間大のモノがあった。
どこに顔があってどれが手か足かも不明であったが、ぶつぶつのある方が背中で何もない方が腹だという事は知っていた。
「ハーディだよ」
紫のヒトデがそう言うと、その後ろから、ピンクのヒトデがひょっこり現れた。
「ガーディもいるよ」
「ワーディはいないのか」
ヨウジがそう言うと、二匹のヒトデの隣に、あの長い銀色の髪の女が現れた。
「ここにいます」
「三賢者
ブノノク三賢者。それは統合政府に支配権を与え、天裁六部衆に諸権限を与え、これらの活動をバックアップするために地球に在住する、ブノノクの利益代表三名の事である。
「て言うか、何でサハラなんだ」
不満げな口調のヨウジに、ハーディとガーディとワーディが口ぐちに答えた。
「サハラは我々が最初に地球に降り立った地」
「降臨の地」
「思い出深い地です」
「ブノノクにも感慨というものがあるのだな」
ヨウジのその言葉は、呆れているようにも聞こえた。
「ブノノクの恒星間宇宙船内の居住エリアには、ブノノクの母星の自然環境がコピーされています。けれどそこに、砂漠はありません。故に砂漠はブノノクにとって最も興味深い地球の自然環境の一つなのです」
銀色の髪のワーディの説明に、ハーディとガーディは身体を収縮させる。うなずいているようだった。
「まあ好き好んで砂漠を後代に伝える理由もないだろうからな」
そこでヨウジはひとつ、ため息をつく。
「で、今度はいったい何の用だ。天頂眼は使わせてみせただろう」
「観察した」
「観測した」
「興味深かったです。けれど星辰眼は物足りなかったです」
ワーディが首を振る。ヨウジは片眉を釣り上げた。
「星辰眼については何も言われていなかったはずだが」
「ヨウジの不満はもっともです。ですから改めて依頼します。我々は星辰眼の能力の発現を期待します」
ワーディの言葉に、ハーディとガーディは体を振動させた。同意しているのだろう。
「希望する」
「待望する」
「気楽に言ってくれる」
しかしそこでヨウジは、ニッと笑った。
「だが、ちょうどいい。貴様らに一つ頼みがあるのだ」
「頼み」
「頼み?」
「頼みとはどんな事でしょう」
「何、難しい話は頼まんさ。おそらくブノノク三賢者にとっては朝飯前だろう。地球では魚心あれば水心と言うからな。星辰眼の事は考えておこう。その代わり」
ヨウジの言葉に、三賢者は顔を見合わせた。
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