第8話 統合政府の要請

 土漠の広がる、だだっ広い荒野。強い風の吹く茶色一色の世界。


 その片隅に、大きなテントが立っていた。しかし、外から一見しただけではテントには見えない。草の生えない小高い丘、もしくは量の多い土塊にしか見えないよう光学的にカモフラージュされている。その中で、エイイチ達は族長会議からの指示を待っていた。


 数多有る反地球連邦組織の中でも最大を誇る秘密結社オシリスは、その実、幾つもの民族・部族の集まった寄り合い所帯である。大きな方針や重要な作戦は族長たちの合議で決められる。


 オシリスの看板戦力である四拳聖の動向もその一つだった。




「まだ決まんねえのかよ」


 ク・クーはぼやいた。


「次の方針が決まるまで、待機だ」


 エイイチは受けた指示を繰り返した。


 静かなること湖の如く、激しきこと雪崩の如し。鉄を切り裂く手刀を振るう水の聖戦士は、シロワニと恐れられ、戦場では常に先陣を切る。


 一方ク・クーは不満顔だ。


 一見、中肉中背のポリネシアン。しかしその鍛え上げられた肉体の生み出す驚異的なスピードは、原野を焼き尽くす炎の如く敵地に侵攻する。火の聖戦士、またの名をジャッカルと言う。


「星辰眼だか何だか知らねえが、そんなのが本当に使えんのか。おまえの妹の悪口を言うつもりはないけどよ、そんなのにかまけてる暇があったら、六部衆を潰す策を考えるべきなんじゃねえのか」


「そう言うな、ク・クー」


 アマンダルはなだめるように言った。


 岩のような巨躯を誇るアフリカン。大地の聖戦士、バイソンの異名そのままに、戦場を突進する。救済の五英雄の一人でもある。


「我々の組織は六部衆に比べて圧倒的に小さい。族長たちの居場所を探られれば、あっという間に窮地に立たされる。星辰眼に恐れを抱く族長たちの考えもわからんではない」


「俺は族長の命を守るために戦ってきたわけじゃねえぞ。アジャールの掲げた理想のためだ」

「アジャールも族長会議の一員だ」


「んなこたあわかってる、けどな」

「わかってないんじゃないの」


 ノナは苛立っていた。


 白い肌に黒く短い髪、北西アジアの香り立つ小柄な少女は、天空の聖戦士としての一面を持つ。スワローの異名は伊達ではない。全地球的に見ても希少な、飛行タイプのグランアーマーを駆る。


「うちらがいまの規模を維持できてるのは何故だと思う。族長たちの協力あってこそだよ。戦争ってのは数の削り合いなんだ。ある程度組織の規模を維持できなきゃ、その時点で理想も糞もないんだよ。アジャールはそれがわかってる。だからこその現状だ。だったらあたし達も理解しなきゃいけないだろ」


 ノナに強く出られると、ク・クーは言い返せない。ふくれっ面で押し黙ってしまった。


「確かに戦いは数の削り合い。それは目を逸らす事が許されない現実だ」


 エイイチが言う。


「しかし、だからといって理想を見失っていい理由にはならない。理想を見失えば、自分達が何処を向いているのかがわからなくなってしまう。ク・クーはそういう事が言いたいのだと思う」


 ク・クーの顔がぱっと明るくなる。ノナはため息をついた。


「エイイチはク・クーに甘い」


 この場に集う火水地空の四聖戦士、彼らこそが反地球連邦組織、秘密結社オシリスの看板戦力、四拳聖であった。


 その四拳聖の集うテントに、足を踏み入れる影がある。身長はアマンダルよりなお高く、しかし幅は随分と狭い。手足が異様に細長く、頭の形も細長かった。


「よう、不景気なツラが並んでるじゃねえか」


 細長い巨人は四人を見下してニヤリと笑った。


「まあ任務に失敗したんだから、仕方ないわな」

「んだとテメえ」


「よせ、ク・クー」


 エイイチはク・クーの肩を押さえ、冷たい目で巨人を見据えた。


「わざわざ顔を見せるとは、何か用なのか、バルバ」


 気に入らない、バルバと呼ばれた巨人の顔にはそう書いてあった。


「族長会議から指令があってな。次の任務は俺がやる事に決まった」


 驚いたノナとク・クーに対し、エイイチとアマンダルは動じない。バルバはそれがまた気に入らない。


「人攫(さら)いなんてカスみたいな仕事は、俺には全く役不足だがな、まあ指令とあっては仕方ねえ。てめえの妹、俺が大切に攫って来てやるよ」

「そうか、迷惑をかけるな」


「ただし、だ」


 またバルバの口元が緩む。


「攫うのが難しいときには殺せと言われている。そうなっても恨みっこはなしだぜ」

「バルバ、おまえ」


 噛み付かんばかりの勢いのノナをジロリと一瞥すると、


「文句ならアジャールにでも言いな」


 バルバは嬉しそうに笑う。


「天下の四拳聖様方のケツをこの俺が拭いてやろうっていうんだ、大船に乗ったつもりで待っていろ。指を咥えてな」


 背を向けて出て行くバルバに、追いすがる気配はなかった。それもまた気に入らないバルバであった。




 その日、日本州にある統合政府極東方面司令部は新しい司令を迎えた。天裁六部衆の一人、黒鉄のンディールである。そしてそのアドバイザーとして、神討アカリが着任した。


 この決定は、日本州首相のリタを狂喜させた。


 だが同時に統合政府より日本州に伝えられた要請が、リタを困惑させる。




「断ればいいだろう」


 ヨウジは煎餅を口でパキッと割った。首相官邸の執務室である。室内にいるのは、リタとヨウジ、そしてイナズマ。


「馬鹿言わないで、州政府が統合政府の要請を断るなんてできる訳がないでしょう。前代未聞よ、そんな事」


 リタは眉を吊り上げた。パキパキ、ボリボリボリ。ヨウジの口で煎餅が音を立てる。


「できないのなら、申し入れを受け入れるしかないな」


「あなたヒカルが可愛くないの、妹でしょう。保護要請って言っても、つまりはヒカルを人質に出せって事なのよ。自分と同じような目に遭わせたくないと思うのが普通でしょうに」


「そう言う割に僕は十年間放っておかれたように思うのだが」


 リタは顔を伏せた。


「嗚呼、それは。それはごめんなさい、私に力が足りなかったの。本当にあなたには辛い思いをさせたと思ってる。ごめんなさい。でもだからこそ、ヒカルを統合政府に差し出すような真似は、何としても避けたいのよ」


「だが断る事はできんのだろう」


「統合政府の意向を無視して下手に断れば、日本州政府が閉鎖されてこの国が統合政府の直轄地になってしまうかもしれない。統合政府に逆らうという事は、それくらいリスクの高い事なの」


 ヨウジは新しい煎餅をパキッといわせた。


「いまさら直轄地になったからといって何が問題なのか、さっぱりわからんがね。しかしまあ、それが嫌ならヒカルを差し出す以外にはあるまい」

「だからそれは親としてできないと言っているの」


「できるだろう、条件を付ければ」

「条件ですって」


 ヨウジは母を振り返り、ニッと笑った。


「ヒカル一人では不安だろうから、兄を同行させると言えばいい。簡単な事だ」

「ヨウジ、一緒に行ってくれるというの……いえ、駄目だわ、それは駄目」


 戸惑うように首を振るリタに、ヨウジは面倒臭そうな視線を向ける。


「駄目駄目駄目では話が進まん。そもそも駄目な理由など何もあるまいに」

「何を言ってるの、あなたが一緒に行けば、まずあなたが危険に晒されるのよ」


「危険」


 ヨウジはあからさまに鼻で笑った。


「危険という言葉の意味を理解しているのかな。僕が統合政府に乗り込んで、危険な目に遭うのは僕ではない。統合政府の方だ」

「またそんな事を言って。あなたは六部衆の恐ろしさがわかっていないの」


 困惑した表情を浮かべるリタに、ヨウジは大きなため息をつく。


「これだから母親というのは度し難い。六部衆などより自分の息子の方が強い事が何故理解できないのか」


「あのね、天裁六部衆はこの地球を代表する六人なの。立場的には統合政府直属だけど、統合政府でも彼らをコントロールしきれない。外から見ているだけでは推し量れないほどの権力を持って、ブノノクに代わって事実上この星を支配している六人なのよ。単にケンカが強いだけではないの、わかる?」


「わかっていないのはそっちの方だ。僕には権力が云々など全く関係がない。興味もない。大事なのは、それこそただ単にケンカが強いかどうかだけだ。だからこそ、連中には僕を御する事はできんのだ」


 リタは頭を抱えた。


「ああ、駄目だわ、話が通じない。ねえイナズマ、あなたも何とか言ってちょうだい」

「そうだイナズマ、何とか言ってやれ」


「こら! お父さんに向かってその口の利き方は何」

「仕方ないではないか、父親だという意識がないのだからな」


「ヨウジ、あなた」


 絶句するリタを横目に、イナズマが、ぽつりと口を開く。


「ヒカルとは、私が行こう」


 その言葉に、リタの顔が明るくなる。


「え、イナズマ、あなたが行ってくれるの」

「やむを得まい」


「馬鹿か」


 今度はヨウジが頭を抱えた。


「貴様らいい加減にしろよ、どんだけ頭が悪いんだ。イナズマは腐っても救済の五英雄の一人だろうが。世界的な有名人であることは間違いなかろう。そのイナズマが統合政府に反抗的な態度を取って、政治的な軋轢を生まんと本気で思ってるのか。世間も統合政府の連中も、そこまでおめでたくはないぞ」


「じゃ、どうすればいいのよ!」


 リタは思わず声を荒げる。


「だから僕が行くと言ってるだろうが! 人質が一人増えるだけだ、そんな大した問題にはなりはせん!」


 ヨウジも怒鳴り返す。


「そうか、行ってくれるか」


 イナズマのそれは、即答に近かった。


「……ん?」

「無理を言ってごめんなさい。頼むわね、ヨウジ。なんて妹思いのお兄ちゃんなのかしら」


 リタは涙を拭う。


「いや、ちょっと待て、何故僕が貴様らのお願いを聞いた形になっているのだ。こっちは最初から自主的にだな」


 しかしその場に流れるのは、まるでほのぼのとしたホームドラマのような空気。ヨウジはムスッとした顔で煎餅の欠片を口に放り込んだ。


「こいつら、油断も隙もないな」

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