食卓の第九話。

 帰宅したのちの夕食どき。


 肉じゃが等がならぶ食卓で都内遠足の話題を出したところ、ハル先輩が勢いよく立ち上がった。


「ヴィーガンの前で食うステーキは美味いかっ!?」

「......は?」


 いきなりどうしたんだ。今は焼肉の話なんてしていない。都内遠足の行き場について相談しようとしただけなのに。

 ハル先輩は少し疲れ気味の顔で続ける。


「受験生の前でする遠足の話は楽しいか...?」

「...ハル先輩も去年行ったでしょ」


 そういうことか。例え方が斬新ざんしん過ぎる。


 しかし、珍しい。ハル先輩が疲れているなんて。それに、受験についてナーバスになるなんて普段の彼女の言動からは想像できない。


 俺は励まそうと思い気の利いた台詞を言おうとしたが、生憎あいにくなにも思いつかなかった。すると、照先輩が口を開く。


「ハルちゃん、遅刻したらしくて超こっぴどく怒られたらしいよ。今朝」

「ああ...なるほど」


 結局、間に合わなかったのか。朝のハル先輩を思い出して、そりゃそうかと納得する。あの時間に起きてくるのはやばい。

 肉じゃがをはしでつつく彼女は不満げだ。


「はあ~、カス先生ほんとウザい...。通算たった二百回目の遅刻だからって、『受験生としての自覚を持て!』とかネチネチネチネチと...」


 自業自得のような気もする。遅刻二百回ってどこの重役の出勤?


「それでよく進級できましたね」

「まあ私、テストの成績だけは良いから」


 ごめんなさい、バカキャラだと思ってました。ふふん、と豊満な胸を張るハル先輩に心中で謝る。

 だが、照先輩は苦渋くじゅうの表情でぼやく。


「...僕の鬼マンツーマンの賜物たまものだけどね」

「あう。後輩くんたちの前でくらい、カッコつけさせてくれよう」


 ハル先輩は肩を落とす。

 なんだ、照先輩のおかげか。学年トップどころか全国模試トップスリー常連の彼につきっきりで教えてもらえば、成績は上がるのは自明じめいのことだ。


「宮くん。テスト期間のあざれあ荘は、覚悟しておいたほうがいい...」

「...どういうことですか」


 今度は照先輩が疲弊ひへいしきった顔である。


「まず、大崎先生が帰ってくる...。テスト作成に追われて非常にすさんだ状態の彼女のストレスのはけ口になりながら、『お外走ってくるっ!』とか言い出すハルちゃんを部屋に監禁して勉強机にしばり付けるんだ...」


 想像してみた。それなんて地獄絵図。


「テ、テスト期間はネカフェにでも行こうかな...」

「僕が貴重な男手おとこでを逃がすと思う?」


 照先輩のこんなにコワーイ笑顔、初めて見た。


「テスト一週間前から、照くんずーっとこの表情だよ...笑顔で縄持ってきて、私を椅子にくくり付けるんだ......」


 その時の恐怖を思い出したのか、顔を真っ青にしてガクガク震えているハル先輩。そんな彼女を見て、照先輩は聞こえない程度に小さく呟く。


「...進級できなくて困るのはハルちゃんだけじゃないからね......」

「ん?照くん何か言った?」

「いいや。それよか、遠足の話だった」


 なんでもない、と脱線していた話を修正した彼は、いつも通りの人懐ひとなつっこい笑みに戻っていた。しかし俺は、彼の呟きの本意ほんいを探らざるをえない。ハル先輩には聞こえてなかったみたいだけど。


 進級できなくて困るのは...ハル先輩と教師陣。それと親御さん。


 ...あと、照先輩?


「宮くんはどこか行きたい場所ってあるの?」

「うえっ、あ、お台場、とか...」


 急に話題を振られて、驚いて変な声が出てしまった。照先輩はいぶかしみながらも、「お台場かーいいなー」と頷いている。

 

 うん、これ以上考えるのはやめよう。情報が欠如けつじょしているから、分からないことをいくら考えたって分からないままだ。


「咲耶ちゃんはー?」

「えっ、あっ、私は...浅草とか」

「おお~!去年、私たちも行ったよ!」


 隣では、俺と同じように急に尋ねられた月見里さんがきゅうしながらも答えている。

 そういやさっきから一言も喋ってなかったな。まだ二日目だし、変に疎外感でも感じているのだろうか。


 意外にも彼女は、コミュニケーションが得意ではないみたいだ。

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