思考の第八話。
「知ってる顔ばっかりなんだけど...」
集まった四班のメンバーたちを見渡して
「あははっ。よろしくね、宮原くん」
「あ、うん」
それに、ね?さっきの出来事もあったし。
「...なにを間抜けな顔をしているの」
「......いや、なんでもない」
そんな顔してたか...?月見里さんに釘を刺され、俺は顔に手を
「...やばいどうしよう田中さくらと同じ班になれたようわあああ」
頭を抱えている彼は気持ち悪くにやけきっている。
うん、今は話しかけないでおこう。
「夕陽ぃ、彼女の目が見れないんだが...どうすればいい」
と、思ったら話しかけてきた。知らんがな。
「別に無理に見なくてもいいんじゃ」
「いいやお話したい。そしてあわよくば手も繋ぎたい」
仮にも彼氏の前で、よくそんなこと言えるな...。性欲に忠実すぎて呆れる。
すると俺と中野くんの会話を聞いていた月見里さんが、何を思ったのか中野くんに歩み寄る。彼は突然の接近に
月見里さんは笑いそうになるのをこらえながら、
「よろしくねっ!中野くん!私と仲良くしてくれたら嬉しいなあ」
「うぇっへへへはいこちらこそよよよろしくでしゅうへへ」
頬を
「いーっぱい楽しもうね中野コウタくん!」
「アッはいそれはもうたたのしみましょうぞううへえええ」
...あ、月見里さん、中野くんの反応を見て楽しんでるな...。だってずっと肩震わせてるもん。
「うわあ...キモ」
葉山さんは
「マイハニー。中野くんで遊ぶのはそこらへんにしておきな」
「ダーリンがそういうならっ」
素直に自席に戻る月見里さんを横目に、俺は人に聞こえない程度のため息をつく。
葉山さん、月見里さん、中野くん、そして俺。以上が四班のメンバーである。
神様、なんなんですか。このワザトラシイ班分けは。
* * *
放課後すぐに中野くんが部活、葉山さんがバイトだと言うので、都内遠足についての計画立案及び相談は翌日に持ち越しとなった。「各々行きたい場所を明日までに考えておくことっ」という葉山さんの念押しに頭を悩ませながら、あざれあ荘までの道のりを歩く。
太陽がまだ元気な時間帯だから少し暑い。着ていたブレザーを丸めて、スクールバッグに押し込んだ。
「
隣を歩く月見里さんの
昨年に田舎からはるばる上京をした俺だが、実は
候補としては、アメ横とか銀座、あ、お台場なんかもいいなあ。等身大のガ〇ダム像も見てみたいし、東京ジョイポリスとかいう室内型遊園地もVRアトラクションで有名らしい。
おお。班員はともかく、
「なあ、月見里さんはどっか行きたいとこあんの?」
尋ねると、彼女は面倒くさそうな顔をしながらも早口でまくし立てる。
「そうね、まずなんといっても外せないのは浅草ね。雷門から浅草寺は言うまでもなく、仲見世通りに所せましと建ち並ぶ甘味店の菓子に
「めっちゃ楽しみにしてんのな...」
「...そうよ、悪い?」
「いいや、全然」
息を切らしている月見里さんは少し面白い。何、じゃらんなの。
しかし、意外である。
「ロケとかでたくさん行ってるんじゃないの?そーゆーところ」
テレビでなんか見た気がするし。さらには東京人だから、スカイツリーとかは行き慣れているイメージがあった。
でもそうでもないらしく、彼女の表情は少し沈んだ暗い色を見せる。
「行ってるけど...ああいうのは、総じて台本通りに動くのよ。『田中さくらのぶらり旅』とか
「おおう...業界の闇だ」
怖い怖い。ヤラセってホントにあるんだな...。
「おまけに言えば、私の場合はセリフからぜーんぶスタッフの言いなりよ。楽しいなんて感じたことないわ」
「...そう、か」
なんか、こう。痛々しいというか。同情を禁じ得ないと言ったら、少し
「...彼氏なら、こういう彼女が落ち込んでるときくらい、何か気の利いたセリフ一つ言いなさい」
「すまん...いや、てか彼氏じゃねーからっ」
「はいはい」
カラカラと笑ってくれた月見里さんを見て、
「...なら、
「ええ、言われなくても」
楽しげな足取りにつられて、俺の歩幅も自然と広くなる。
そういえば。
仕事の話で思い出したのだが、『田中さくら』という
思い切って尋ねようとして———やめた。
なんとなく、聞かないほうがいい気がした。別にそんなに気になるわけじゃないし。深入りして
それに、彼女も「
そーやって自分の小心さに理由をつけて正当化しながらチラリと月見里さんを盗み見ると、彼女の黒髪は歩くリズムに
しばらく眺めていると、その揺れがピタリと静止した。それつまり、彼女が立ち止まったということ。
「...どうした?」
「お腹すいた」
月見里さんは、とある
確か朝ご飯も少なめだった。俺も腹減ったし。それに、このお店のものは食べたことがなくて、以前から気になっていた。
「なんか食うか」
「でも私、お金持ってない」
「...あー、
「いえ、帰ったら必ず返すわ」
別にいいのに。毎月欠かさずに親から仕送りをもらっている割には使い道がほとんどない俺は、結構お金に余裕があったりする。
「いらっしゃい...お、べっぴんさんだ」
奥の部屋から店主らしきお
「で、何食べる?」
「私は、これ」
「チキンカツ?」
「そう」
ショーケースの一番下の段。『
「じゃあチキンカツを二つ」
「あいよ。三百二十円」
「はい」
店主にお金を丁度渡すと、「まいどー」としゃがれた声で言ってからチキンカツを包み始める。
「ソースかけとく?」
「あ、俺はいいです」
反射的に断る俺の悪い癖だ。まあどっちでもいいけど。
「嬢ちゃんは?」
「私も大丈夫です」
「あいよ~」
店主は大きなチキンカツを器用に紙に包み込んでから、その黄色の
「ありゃとござしたー」
礼を背に受け、再び歩き出す。
すぐにザクリ、と気持ちのいい音がして、月見里さんはチキンカツを豪快に
「はくほくううえんはえったあはあう」
「なんて?」
食べながら
彼女はゴクリと飲み込んでから、再び口を開いた。
「...帰ったら百六十円払う」
「別にいいって」
「あんまり借りをつくりたくないの」
変なところで律儀だな。彼氏のフリしろとか命令してきたくせに。
「...食べないの?」
「食べるよ」
「そう。残念」
なんか狙われてる気がするので、俺も早く食べちゃおう。
開封し、顔を出したのは黄金のチキンカツ。
がぶり。
「ん~
思わず口をすぼめる。酸っぱいからじゃなくて、久々に食べ物を口に入れたときになるやつ。
それに。酸っぱいというよりかは、少ししょっぱいのだ。
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