思考の第八話。

「知ってる顔ばっかりなんだけど...」


 集まった四班のメンバーたちを見渡してひとちると、お行儀悪くも俺の机の上に腰かけた葉山さんが満面に喜色きしょくたたえて笑う。


「あははっ。よろしくね、宮原くん」

「あ、うん」


 うつむきながら答えた。ほら、俺の机に座ってるってことは、丁度目の前に絶対領域から伸びた太ももが無防備むぼうびさらされている訳で....。なんか見てはいけないものを見てしまった気分になる。


 それに、ね?さっきの出来事もあったし。


「...なにを間抜けな顔をしているの」

「......いや、なんでもない」


 そんな顔してたか...?月見里さんに釘を刺され、俺は顔に手をる。ふと右隣を見ると、中野くんが呪詛じゅそのように何事かをとなえていた。


「...やばいどうしよう田中さくらと同じ班になれたようわあああ」


 頭を抱えている彼は気持ち悪くにやけきっている。はたから見たら最高に変人だ。


 うん、今は話しかけないでおこう。


「夕陽ぃ、彼女の目が見れないんだが...どうすればいい」


 と、思ったら話しかけてきた。知らんがな。


「別に無理に見なくてもいいんじゃ」

「いいやお話したい。そしてあわよくば手も繋ぎたい」


 仮にも彼氏の前で、よくそんなこと言えるな...。性欲に忠実すぎて呆れる。


 すると俺と中野くんの会話を聞いていた月見里さんが、何を思ったのか中野くんに歩み寄る。彼は突然の接近にめんらい、椅子からころがり落ちた。


 月見里さんは笑いそうになるのをこらえながら、ねこで声で言い放つ。


「よろしくねっ!中野くん!私と仲良くしてくれたら嬉しいなあ」

「うぇっへへへはいこちらこそよよよろしくでしゅうへへ」


 頬を紅潮こうちょうさせ目が泳いでる彼は、床に仰向けでのびている。


「いーっぱい楽しもうね中野コウタくん!」

「アッはいそれはもうたたのしみましょうぞううへえええ」


 ...あ、月見里さん、中野くんの反応を見て楽しんでるな...。だってずっと肩震わせてるもん。


「うわあ...キモ」


 葉山さんは満身まんしん創痍そういの中野くんを軽蔑けいべつしたように見下ろしていた...気持ちは分かるけど、中野くんが少し不憫ふびんに思えてくる。


「マイハニー。中野くんで遊ぶのはそこらへんにしておきな」

「ダーリンがそういうならっ」


 素直に自席に戻る月見里さんを横目に、俺は人に聞こえない程度のため息をつく。


 葉山さん、月見里さん、中野くん、そして俺。以上が四班のメンバーである。


 神様、なんなんですか。このワザトラシイ班分けは。



* * *



 放課後すぐに中野くんが部活、葉山さんがバイトだと言うので、都内遠足についての計画立案及び相談は翌日に持ち越しとなった。「各々行きたい場所を明日までに考えておくことっ」という葉山さんの念押しに頭を悩ませながら、あざれあ荘までの道のりを歩く。


 太陽がまだ元気な時間帯だから少し暑い。着ていたブレザーを丸めて、スクールバッグに押し込んだ。

 

しわになるわよ」


 隣を歩く月見里さんのなじるような忠告に曖昧あいまいな返事をしてから、都内で行きたい場所を脳内で探る。


 昨年に田舎からはるばる上京をした俺だが、実はいまだに東京観光を遂行できていない。なんとなーく忙しくて時間がとれなかったのだ。だからこの都内遠足は、まさに渡りに船なのである。


 候補としては、アメ横とか銀座、あ、お台場なんかもいいなあ。等身大のガ〇ダム像も見てみたいし、東京ジョイポリスとかいう室内型遊園地もVRアトラクションで有名らしい。

 おお。班員はともかく、俄然がぜん楽しみになってきたぞ。


「なあ、月見里さんはどっか行きたいとこあんの?」


 尋ねると、彼女は面倒くさそうな顔をしながらも早口でまくし立てる。


「そうね、まずなんといっても外せないのは浅草ね。雷門から浅草寺は言うまでもなく、仲見世通りに所せましと建ち並ぶ甘味店の菓子に舌鼓したづつみをうつことも忘れてはならないわ。あとはスカイツリー。天望回廊、四百五十メートルの高さから眺める東京の夜は筆舌ひつぜつに尽くしがたいほどよ」


「めっちゃ楽しみにしてんのな...」

「...そうよ、悪い?」

「いいや、全然」


 息を切らしている月見里さんは少し面白い。何、じゃらんなの。


 しかし、意外である。


「ロケとかでたくさん行ってるんじゃないの?そーゆーところ」


 テレビでなんか見た気がするし。さらには東京人だから、スカイツリーとかは行き慣れているイメージがあった。


 でもそうでもないらしく、彼女の表情は少し沈んだ暗い色を見せる。


「行ってるけど...ああいうのは、総じて台本通りに動くのよ。『田中さくらのぶらり旅』とかめい打ちながらも、自分の行きたいところなんて行けやしない」

「おおう...業界の闇だ」


 怖い怖い。ヤラセってホントにあるんだな...。


「おまけに言えば、私の場合はセリフからぜーんぶスタッフの言いなりよ。楽しいなんて感じたことないわ」

「...そう、か」


 なんか、こう。痛々しいというか。同情を禁じ得ないと言ったら、少し大仰おおぎょうだけど。


 自嘲じちょうじみた笑みを浮かべる彼女に何と返せばいいか思い悩んでいると、月見里さんは呆れかえったように口を開く。


「...彼氏なら、こういう彼女が落ち込んでるときくらい、何か気の利いたセリフ一つ言いなさい」

「すまん...いや、てか彼氏じゃねーからっ」

「はいはい」


 カラカラと笑ってくれた月見里さんを見て、安堵あんどめいた感情が心を満たした。彼女にはやはり、不遜ふそんな態度が似合っているのだ。


「...なら、尚更なおさらさ。楽しもうな。都内遠足」

「ええ、言われなくても」


 楽しげな足取りにつられて、俺の歩幅も自然と広くなる。


 そういえば。

 仕事の話で思い出したのだが、『田中さくら』という偶像アイドルは今、どうしているのだろうか。活動休止なんてニュースは聞いていないし、こんな風に学校に通ってること自体が異様なのではないだろうか。いや、案外、普通に仕事量を減らすつもりなのかもしれないな。


 思い切って尋ねようとして———やめた。


 なんとなく、聞かないほうがいい気がした。別にそんなに気になるわけじゃないし。深入りして軋轢あつれきが生まれるよりかは、明確な線引きをして適切な距離感で。


 それに、彼女も「詮索せんさくはしないで」みたいなこと言ってたしね。やっぱり無意味な疑問は黙って心の中にしまっておこう、うん。


 そーやって自分の小心さに理由をつけて正当化しながらチラリと月見里さんを盗み見ると、彼女の黒髪は歩くリズムに呼応こおうするように揺れていた。ゆらゆら。


 しばらく眺めていると、その揺れがピタリと静止した。それつまり、彼女が立ち止まったということ。


「...どうした?」

「お腹すいた」


 月見里さんは、とある出店でみせの看板を見上げていた。場所は清ノ瀬商店街の一角。黄色の板に赤色のペンキで『シカゴチキン』と書かれた惣菜そうざいさんは、焼き鳥やら串カツやらがお手軽な値段で楽しめる、かつ食べ歩き用に包装してくれると、部活帰りの高校生たちの間で大変人気である。ただ、今はまだ真昼間まひるまなので、ショーケースの前でにぎわう清ノ瀬生徒はいない。


 確か朝ご飯も少なめだった。俺も腹減ったし。それに、このお店のものは食べたことがなくて、以前から気になっていた。


「なんか食うか」

「でも私、お金持ってない」

「...あー、おごるよ」

「いえ、帰ったら必ず返すわ」


 別にいいのに。毎月欠かさずに親から仕送りをもらっている割には使い道がほとんどない俺は、結構お金に余裕があったりする。


「いらっしゃい...お、べっぴんさんだ」


 奥の部屋から店主らしきおじいさんが顔をのぞかせる。どうやら『田中さくら』を知らないようで、べっぴんさん以上の感想は期待できなかった。月見里さんはこたえるように軽く会釈えしゃくする。


「で、何食べる?」

「私は、これ」

「チキンカツ?」

「そう」


 ショーケースの一番下の段。『げたて』という文字がおどっている。


「じゃあチキンカツを二つ」

「あいよ。三百二十円」

「はい」


 店主にお金を丁度渡すと、「まいどー」としゃがれた声で言ってからチキンカツを包み始める。


「ソースかけとく?」

「あ、俺はいいです」


 反射的に断る俺の悪い癖だ。まあどっちでもいいけど。


「嬢ちゃんは?」

「私も大丈夫です」

「あいよ~」


 店主は大きなチキンカツを器用に紙に包み込んでから、その黄色のかたまりが持たれた両手を差し出してくる。俺と月見里さんはおずおずと受け取る。あっつい。


「ありゃとござしたー」


 礼を背に受け、再び歩き出す。

 すぐにザクリ、と気持ちのいい音がして、月見里さんはチキンカツを豪快にほおった。想像以上にデカい。月見里さんの顔よりも大きいかも。俺の視線に気づいて、何事かを言う。


「はくほくううえんはえったあはあう」

「なんて?」


 食べながらしゃべるなよ...。

 彼女はゴクリと飲み込んでから、再び口を開いた。


「...帰ったら百六十円払う」

「別にいいって」

「あんまり借りをつくりたくないの」


 変なところで律儀だな。彼氏のフリしろとか命令してきたくせに。

 小言こごとの一つでも言ってやろうかとも思ったが、一心不乱いっしんふらんにかぶりつく月見里さんの幸せそうな表情を見たら、そんな気持ちはせた。


「...食べないの?」

「食べるよ」

「そう。残念」


 なんか狙われてる気がするので、俺も早く食べちゃおう。

 開封し、顔を出したのは黄金のチキンカツ。


 がぶり。


「ん~美味うまい」


 思わず口をすぼめる。酸っぱいからじゃなくて、久々に食べ物を口に入れたときになるやつ。


 それに。酸っぱいというよりかは、少ししょっぱいのだ。

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