親睦の第五話。

 嫉妬に狂った男子共の追尾ついびを避けるためには、休み時間とて我がハニーから離れるわけにはいかない。月見里さんも、俺ら二人がホンモノのカップルであるということを周囲にアピールしたいらしいので、一緒にいることはウィンウィンの関係だったワケだ。


 そう、その時までは...。


「じゃあ、また後でねっ。ダーリン♡」


 『三限 : 体育』


 あっ、終わった...。

 女子更衣室へと姿を消す彼女の背を目で追いながら、俺は絶望した。


 無論、体育は男女別である。


「さあ宮原。着替えようぜ」


 立ち尽くす俺の肩に中野くんが腕をまわしてくる。微笑をたたえているが、目の奥が全く笑っていない。


『宮原ぁ〜、今日の体育はドッジボールらしいぞ』

『クラスの親交を深めよう!って、目的らしいな』

『楽しもうぜ!宮原!』


 わらわらと俺に寄ってたかる男子諸君は皆、中野くんと同じ表情をしていた。こいつら親交を深める気なんて絶対ないだろ...。


「あ、あはは...楽しも」


 俺は笑みを貼り付けて相槌あいづちを打ちながら、できるだけゆっくりとジャージに着替えた。


 サボろうかな...成績は加瀬カス先生のおかげで安泰あんたいだし。



* * *



 何度か逃亡をはかったが、当然それを彼らが許すはずもなく。


「今日の体育はレクリエーションのドッジボールだ。次回からは体育祭の練習だがな。適当にチームを決めてやってくれ。準備体操だけは忘れるな」


 男子生徒の四列横隊を舐めるように見渡す加瀬先生が忠告していた。


「返事は」


『『はいっ!!』』


 元気に答える男子たち。


 ていうか加瀬先生、かなり偉そうにしているけど、田中さくらのスリーサイズを成績をチラつかせて生徒から知り得ようとする教師のクズだからな。


 しかしそんなことはつゆ知らず、従順なクラスメイトたちによってチーム決めが行われようとしていた。適当に出席番号の奇数と偶数で分けるとかが、簡単で良いだろう。


 中野くんが前に出て仕切しきり出す。


「じゃあチームは、こんな感じで......」


 『味方陣地 : 俺』

 『相手陣地 : 俺以外』


「マジかよ...」


 おおう、なんだこのローランドみたいなチーム分け...。薄々予感はしてたけど。


「よし!無事チームも分けられたことだし、ヤるぞ~!」

『『応ッッ!!』』


 俺にガンを飛ばし、腕を回しながらコートに入るのは中野くんと運動部所属の面々。坊主頭のヤツは大体が野球部だろう。一人、二人、三人、四人...え、多くない?あとみんなガタイ良過ぎ......?


「おっ、ちょっ、ちょっと待ってくれ!いったん考えなお......」


 ヒュッッッ。

 

 超速のチョーク...ではなくて。ボールが俺の頬をかすめた。


『顔面はセーフだから何回でも当てられるなあ!?』

『あの憎きイケメンの顔を無惨に変えてやる...』

『彼女モチニハ、死ヲ』

『...ジャージ姿も似合っているわ♡』


 駄目だ。聞く耳なんて、ハナから持っていなかった。あと前から思ってたが、俺の事好きな男ファンは早く名乗り出てほしい。怖いから。


 しかしやしかし。どうなることかと思っていたが、想像以上に避ける事は容易たやすかったのである。広いコートに一人だけだから動きやすいし、キャッチすることを思考から排除し回避に専念すれば何とかなりそう。あと、顔面しか狙ってこないから避けやすいってのもある。


 ただ厄介なのは、外野とのコンビネーションを仕掛けられたときだ。背後をとられると、どうしても反応が遅れてしまう。昨日初めて会ったとは思えないほどのチームワークだし...。


「死ねええええええええっっ!!」

「あぶねっ!」


 かん一髪いっぱつでしゃがむと、背後の外野から放たれた豪速球が頭上で空気を切り裂いた。

 あんの坊主野郎...。にらみつけると、坊主はほくそ笑んでいた。


「悪いが、俺はおとりだ」


 あっ、まずい。ようやく俺は、相手の術中にはまった事を理解した。


「―――もらったあああああっ!」


 再び背後をとられ、聞こえるのは物騒な掛け声。荒波のような波状攻撃はじょうこうげき攪乱かくらんされながらも無我夢中むがむちゅうに目で追っていたボールは現在、俺の顔をめがけて一直線。


 やばい———当たるっ!


 来たるべき衝撃に備え、反射的に目をつぶる。


 だが、しばらく経っても俺の顔面にボールが直撃する感触はなかった。不思議に思い、おそるおそる目を開けると。


「......義によってすけいたす」

「加瀬先生!」


 男と男の約束を交わした教師が俺の盾となり、ボールをキャッチしていた。かっこよすぎるぜ、まったく。

 ちなみに田中さくらのスリーサイズについては、授業が始まる前にこっそり教えておいたのである。「そうか...ヒップは『77』か...」と満足げにうなずいていた。尻派かよ。


「恩には恩で返すのが紳士ってモンよ...。こっからはワシに任せな」


 変態紳士が名言っぽいセリフを吐きながらボールを握って振りかぶると、相手コートから次々に不満の声が上がる。


『カス先生!宮原は我らの敵ですよ!?』

『田中さくらを奪われた恨み、晴らすべきは今!』


 ...奪ってはいないけどな。


 加瀬先生はたいそう複雑そうなおもちをしていたが、かぶりを振ってそれを制した。


「悪いなみんな...宮原には、一生かけても返しきれねえ恩義があるんだ......」


 そんなに重いの...?どんだけスリーサイズ知りたかったんだよこの教師は。


 すると、彼が断腸だんちょうの思いで告げた言葉を後ろの方で黙って聞いていた中野くんが、ニヤリと挑発的に口端を持ち上げながら語りかけ始める。


「そんなこと言っても良いのかなあー。加瀬先生?」

「...なんだ、中野」


 さんくさい彼の態度に、加瀬先生はまゆをひそめた。中野くんは前に出てきて続ける。


「いやあ、ね?もし先生がここで退しりぞいてくれたら───田中さくらがデビューしたての頃に出版されて今は絶品になった写真集、『薄桃色にこんがらがって』を差し上げようと思って」


 マニア垂涎すいぜんらしい写真集を取引に出され、加瀬先生は、ふっ、と諦めたように笑った。


「宮原、すまん」

「...カス先生」


 おい、一生かけても返せない恩義はどうした。このクソ教師マジでどうしようもねえな...。

 ボールを相手に渡しコートから出ていく加瀬先生に心の中で悪態をつく。


「よおし、邪魔者は居なくなった!気を取り直して殺戮さつりくショーの再開だっ!!」


『『応ッッ!!』』


 中野くんの掛け声に、野太い声が呼応する。再び俺は野球部の集中砲火を一身に受けることになるのだろう。


 ...いや待てよ。この作戦なら。ひらめいた俺は声を張り上げる。


「―――ひとつ聞いてほしいことがある!」

「...どうした裏切り者の宮原くん。遺言かな?」


 いぶかしむ中野くんに、俺はある提案を持ちかけようとしていたのである。

 中野くんが加瀬先生を、写真集で退かせたように。俺と加瀬先生が、スリーサイズと体育の成績で取引したように。


「もし俺を襲うのを、これでやめてくれたらなら──────」


 相互に利益のある、交換条件だ。



「───月見里咲耶の少しエッチな写真を撮ってきてやろう!」


『『おれたち全員親友だ!!!』』



 このあと滅茶苦茶めちゃくちゃ仲良くドッジボールした。

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