ホームルームの第四話。

 一つ、分かったことがある。


 月見里さんと二人でいる時やホームルーム中は、男子共は俺をらえようとしないということだ。ただ、眼光がんこうは獲物を狙う野獣のごとく、鋭く俺を射抜いていた。


 そんな殺意と嫉妬に満ちたクラスメイトたちの視線を背に受けながら、今は月見里さんとヒソヒソ会話中である。


「で、なに。私のスリーサイズ?」


 思い切って直球勝負でたずねたところ、隣の席から返ってきたのは嘲笑ちょうしょうだった。


「はい...やむにやまれぬ事情で......」

「どんな事情よ」


 それは俺も聞きたいが、約束と童貞は守る主義の俺である。


「そこは詮索せんさくしないでくれ...それと一つ言っておくが、俺自身はお前のスリーサイズに全く興味が無い」

「それは男としてどーなの」

 

 月見里さんは不満げに頬を膨らませた。おいそれかわいいな。まあこれも、外面そとづらの一部なんだろうけど。


「とにかく頼むよ。彼氏のフリに付き合ってるんだしさ...」


 手をり合わせると、彼女は「ふむ」と、思案しあん顔になった。


「そうね...。じゃあ、一つ条件があるわ」

「条件?」


 怪訝けげんそうに聞き返した俺を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ええ。宣言しなさい、『僕は月見里咲耶の彼氏なので、あなたのスリーサイズが気になります』って」


 は?なんだそれ。


「嫌だが」

「なら教えなーい」


 月見里さんはプイッ、とそっぽを向いてしまう。

 ううむ......仕方ないか。俺にもプライドというものがあるのだが、男と男の約束の方がプライオリティが高い。


 しぶしぶ俺は小声でささやくことにした。


「...俺は、月見里咲耶の、彼氏なので......あなたの、ス、スリーサイズが、気になります...」

「え?なに?聞こえない」


 こいつ...。耳にピーナッツでもつまってんのか。


「...俺は月見里咲耶の彼氏なので、あなたのスリーサイズが、気になります」

「もっと大きな声で」


 はいはい従いますよ。


「俺は!月見里咲耶の!彼氏なので!あなたの!スリーサイズが!気になりますっ!!」


「おい!うるせえぞ!!」


 ヒュッ。


 超速のチョークが俺の頬をかすめた。


 軌道を辿ると、教壇に立つ大崎先生がこちらをにらみつけている。どうやらクラスメイトたちにも聞こえていたらしく、女子はドン引き、男子は殺意。月見里さんに乗せられて、声のボリュームが大きくなっていたのだった。


「おい宮原。私が独身だってのに、お前はイチャコライチャコラと良いご身分だなあ!?」


 大崎先生(彼氏いない歴=年齢)は普段は低血圧ローテンションなのだが、うっかり地雷を踏み抜くとキレ散らかすことで有名である。容姿は良いのに...酒癖と性格の問題だろうな...。


「すみません。でも大崎先生はキレイですので、すぐに彼氏できますよ」

「そうだよな。お前はよく分かってる。良い子だ」


 このように雑に褒めれば、機嫌は一瞬にして直るんだけどね。あざれあ荘でも頻繁にキレるからもう慣れた。

 この一連のやり取りを見ていた月見里さんは、隣で口を押さえて肩を震わせている...なにわろてんねんお前のせいだぞ。恥をかかせてくれちゃって。『スリーサイズが知りたい!』なんて大きな声で言っちゃったから、男子はおろか女子の好感度すらダダ落ちだぞ......はあ。


 俺が落ち込んでいると、月見里さんは不意ふいに顔を近づけてくる。な、なに。


「...78-54-77」

「え...」


 笑いを噛み殺しながら吐息混じりに耳打ちしてきた。俺が反応に困っていると、彼女はたまらなく楽しそうにしている。

 『78』...抱きしめられた時の感触を思い出した。


「とりま、こんな感じでホームルームは終わりだあ。一限から三限まで普通の授業でー、四限は委員会とか色々決めるからなー」


 動揺している俺をよそに、大崎先生のやる気なさげな声で朝のホームルームが締めくくられていた。

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