ネクタイの第二話。
食事を終えて歯を
「すまん、待たせたな」
「ええ、まったくよ」
無愛想に答えながら、彼女は席を立つ。顔にかかったツヤのある黒髪を耳にかける所作は、
「...なに」
俺の視線に気づいた月見里さんはジト目である。そんなに長い間、
「...いや、ホントお前、性格以外は完璧なのな」
「はあ?ケンカ売ってんの?」
「あ、違いますごめんなさい」
ふと憎まれ口を叩いてしまった俺も悪いが、いちいち
「かわいいなあ、さすが芸能人だなあという意味です」
「はあ、当たり前でしょ。アイドルは可愛くないとなれないんだから」
確かに...と納得しかけたが、そんなことはないだろ。
「そう言うアナタも、せっかく素材はいいのに。性格と着こなしは駄目ね」
「おう...。って、着こなしは良いだろ着こなしは。結構勉強したんだぞ?」
俺の素材が悪くないのは知っているが、他人から褒められると素直に嬉しく感じてしまう。あと、性格については特に否定しなかった。
「だらしない高校生のテンプレみたいな格好して恥ずかしくないのかしら」
「...え、そんなに酷い?」
しかし服装に関しては散々な言われようである。おかしいな。『あなたもモテモテに!高校生の最新制服テク!』っていうサイト通りのファッションなんだが。
「私の彼氏たるもの、隣を歩いても恥ずかしくないくらいの身なりをしてもらわないと困るのよ」
「だから彼氏じゃないって」
「いいから。ちょっと来なさい」
月見里さんはそう言って、俺のネクタイを乱暴に引っ張ってきた。体勢を崩した俺はされるがままに、倒れ込んで彼女に急接近してしまう。ロッカーでの出来事を思い出して、自然と鼓動が早くなった。
「ちょ...痛い」
「ネクタイが緩すぎよ。仕方ないから直してあげる」
白い手が俺の首に回され、月見里さんはネクタイを結びなおそうとする。昨日の暗闇では視認できなかった彼女の端正な顔が目前にあって、思わず顔を背けた。自分で頬が熱くなるのが分かる。
そして彼女のシャンプーの匂いが変わっていることに気づいた。
そうか。昨日はあざれあ荘の女性用シャンプー...もといハル先輩のシャンプーを使ったのか。一瞬、入浴中の月見里さんの一糸まとわぬ姿を想像してしまったが、慌ててかき消した。
「なに、照れてんの?」
「...いや違うわ。あれだよあれ、首絞められると思ったんだよ」
「私のことを何だと思っているのかしら...」
ぜ、全然照れてねーし。ちょっと風邪気味で顔が赤くなってるだけだし。
と、俺が心中で言い訳している間も、彼女は
すると、モフモフとしたパジャマに包まれたハル先輩が大きなあくびをしながらリビングに入ってきた。寝癖がすごい。
彼女は俺ら二人の新婚さんみたいな光景を見て、悪戯っぽく笑う。
「おはよお。朝からお盛んですねえ〜」
「おはようございますハルさんっ!ダーリンのネクタイが曲がっていたもので♡」
...相変わらず
「おはようございますハル先輩」
「後輩くんもおはよ〜。おっ、今日はネクタイいい感じだね!」
え、今日『は』?
「ええ...。ウチのハ、ハニーに結んでもらったんで」
自分で言ったんだが、マジでなんなんだよハニーって。普通に異様だろ。本物のカップル同士でも『ハニー』とか『ダーリン』とか呼ばん。海外ドラマかよ。
しかしハル先輩は
「いやー、後輩くん。昨日のネクタイは死ぬ程ダサかったからなあー」
「ですよねえ!」
月見里さんも同意するように首を縦に振った。俺のネクタイ、不評過ぎない...?
『あなたもモテモテに!高校生の最新制服テク!』の掲示板に一言文句を書きたい気分だったが、時間も時間である。後回しだ。
「...もういいでしょう、俺のネクタイの話は。ハル先輩は急がないと遅刻しますよ」
ハル先輩は不思議そうな顔をしてから時計を見て、顔色を変えた。
「やばっ!二人は先に行ってていいよ!」
そう言うなり、凄まじいスピードでリビングを飛び出していく。昨日の早起きは
「もとより二人っきりで行くつもりだったけどね」
ハル先輩の去り際に、隣で月見里さんがボソッと呟く。それは彼女の本心からの言葉のようにも聞こえ、少しドキリとした。
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