第一章 桜が咲いて散ったその後で

Prelude...

 私、月見里やまなし咲耶さくやは近頃、「私という存在とは何たるか」について思慮を巡らせるようになった。


 群衆に崇め奉られる「田中さくら」という仮面の強度が高過ぎて、「月見里咲耶」の元来がんらい持ち合わせていた性質とは何だったのかが思い出せなくなっていたのである。なおつアイドルとしての『私』に留まらず、「ファンの前での私」や「父親の前での私」、「ユニットメンバーの前での私」等々、枚挙にいとまがないほどに被るべき仮面を勤勉に製造してしまったものだから、本物の「私」が分からなくなって然るべきなのかも。



 デカルトは、「我思う、ゆえに我あり」と、もっともらしく口にした。


 私は、「思う」べき「我」が、わからない。



 それから私は、一旦「田中さくら」から離れる決断をした。けれど、私は決してアイドル活動────略して「アイカツ!」がイヤだった訳ではない。アイドルは「人に元気と勇気を与えられる仕事」であると本気で思っているし、少々体を張ったバラエティー番組の企画に対しても、「うんうん。それもまたアイカツだね」と鷹揚に首を縦に振っているほどには寛容だ。


 だが、元気と勇気を与えるべき「偶像アイドル」である私自身が「虚像」に見えてしまったのだ。一度、わたしを見直す時間が欲しかった。


 かねてより、「普通の学校生活」というものに深く憧れていた。小学生の頃から闇深き芸能界に身を投じ死線をくぐりぬけてきたのだから、「体育祭」やら「文化祭」、「下校途中の寄り道」なんかも私にとっては空想上のお話。体育祭には一度参加したことはあったけど、練習に一切出ていない私は馴染むことができずに、円陣組んで青春謳歌しているクラスメイト達を遠巻きに眺めることしかできなかった。それ以来、たとえお仕事が休みでも、そういった行事には参加しなくなった。ただ寂しくなるだけだからね。


 そうして些細なキッカケがあって思い立った私は無事、通信制の学校から普通の高校「私立清ノ瀬高校」へ転入することができた。幸い勉強はしていたから試験も余裕でパスだったし、父は猛反対したけど「ほんの少しだけだから!」で押し切った。


 学校で私はまた、対学校用の「仮面」を貼り付けてしまうのだろうか。「私という存在とは何たるか」についての解は出るのだろうか......とか。

 あーもうさっきからややこしくってわけわからんな。あと私のモノローグ長すぎない?ごめんね、頭の中にあるモヤモヤとしたものを言葉にするのって難しいんだよ。


 ともかく。本題はここから。


 手間取りながらも転入手続きを済ませ、あとは可愛い制服が届くのと学校が始まるのを待つだけー、とワクワクしていた矢先。まさかの事態が私を苦しめることになったのだ。



「何言ってんの?アンタに活動休止なんか、させるワケねーじゃん。まだまだ稼いでもらうから」



 我がプロダクションの社長の言葉に、私は耳を疑った。

 それから、今まで従順な態度で接していた私がバカらしくなるほどの嫌味を、嫌というほど頂戴ちょうだいした。 


 私は社長を説得することを諦めました。はーもうマジありえない。


 でも、「普通の学園生活」は諦められなかったんです。

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