恋バナの第九話。
「いやー。まさか宮くんが、アイドルの方とお付き合いすることになるとはね」
照先輩はフォークをくるくるとやりながら、しみじみと言う。
先輩たちによると、あの『田中さくら』が清ノ瀬高校に転入してきて、かつ二年生の『宮原夕陽』と付き合っているという噂は、三年生の教室がある一階と二階までも既に届いていたらしい。情報の伝わるスピード早すぎない?
「いや違うんですって。カップルのフリしてるだけで」
そう弁明しても、二人は聞く耳を持たないのである。
「照れなくていいんだよ、僕たちの仲じゃないか」
「そうだよ後輩くんっ!それに恋人のフリなんて言っちゃったら、さくらちゃんが
「あー...はい」
深くため息をついて、ペペロンチーノを口に運ぶ。相変わらず照先輩の料理は絶品だった。
はあ、明日から学校行きたくねえ...。俺、全校生徒に周知されてるんだよな...うん、休もう。明日からはズル休みだ。文春砲が炸裂した芸能人の気持ちが、今なら分かる気がするよ。
俺が決意を固めていると、ハル先輩が机に身を乗り出してきた。
「そんでさー。お二人さんはドコまで行ったのよお?」
「あーそれ。僕も気になってた。キッスはした?」
照先輩も手を止めて、興味津々といった様子で尋ねてくる。キスとかしてねーよ。付き合ってないもん。
「いや、なんにもしてないで...あ」
否定しようとして、俺が思い出したのは彼女の身体の感触だった。ま、まあ、うん。キスはしてないし?ハグくらい海外では挨拶だろ挨拶。グローバル化の波が押し寄せている現代に適応するために、己のグローバリゼーションを促進する一環としてハグしただけだよ...は?
誰に向けられてるかも分からない支離滅裂な言い訳を心中で吐き出していると、俺が言い淀んだのを隙とみて、ハル先輩は嬉々として言う。
「おおおおおっ!やることやってるねえ!この性欲魔人!」
「や、やってませんっ!あとなんでそんなに楽しそうなんですか!」
「いやいや宮くん。他人の色恋沙汰ほど楽しいものなんてないんだよ」
うぐ...確かに照先輩の意見も一理ある...趣味は悪いけど。彼は芝居がかった口調で続ける。
「退屈な日常のスパイス、恋愛。手軽に刺激を求めるならば、ノーリスクで楽しめるもの。他人の浮ついた話をつつくくらいが丁度いい」
最高の笑顔で最低なことを言うなあこの先輩。あと服装も最低だった。
「じゃ、じゃあ、照先輩は恋バナ、ないんですか?」
「ないよ」
即答だった。右隣では恋する乙女がホッと胸をなで下ろしていた。よ、よかったねハル先輩。チャンスは全然ありそうですよ。
「でも先輩はモテるじゃないですか」
俺の言葉に、照先輩は自慢げに微笑む。
「ああ。僕はかなりモテる」
腹立つなこいつ。
「でも、特定のヒトとお付き合いしたりとかは無いなあ」
「そーなんですね」
意外だな。一度に何人か彼女つくってそうな外見なのに。
「うん────僕にはまだ早い」
そう言ってイケメンはドレッシングを取りに席を立った。キッチン消えた彼の表情が一瞬、切なそうに見えたのは気のせいだろうか。
「そ、そうだよね...!照にはまだ早いよ、うん」
ぼーっとしていたハル先輩がやがて、自分に言い聞かせるように
幼馴染の二人。彼女は彼に、いつから好意を抱いているのだろう。
まだ俺が二人に出会って一か月ほどしか経っていない。しかし彼女らの関係性は少々、
「...ハル先輩は、あります?恋バナ」
少し話題を変えるようにハル先輩に尋ねると、彼女は途端に赤面する。
「うぇっ!?私っ!?私はないよおっ!!」
手を犬のようにワチャワチャと動かし、首をブンブン振って否定した。その姿がやけに可愛らしくて笑っていると、彼女はこほん、と咳払いをした。
「この話終わりっ!早く食べよ!せっかくの料理が冷めちゃうよ後輩くんっ」
皿の上には、お店顔負けのペペロンチーノが半分以上残っている。会話に夢中で食事に集中できてなかったみたいだ。
「ええ...それもそうですね」
さあ、気を取り直して。引き続き舌鼓を打つとしよう。
そう思って、再びフォークに手を伸ばしたときである。
『ピンポーン』
夜七時半の来訪者が、あざれあ荘のインターホンを鳴らした。
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