逃走劇の第六話。
「ゲフン...うし。少し騒がしかったが、自己紹介は終わったな!今日はこれで下校だ。いいか、明日は色々決めることがあるから遅刻だけはするなよ!」
保健室へ行った大崎先生に代わり、嬉し涙を拭いた加瀬先生が教壇に立っていた。
ふーん、明日は委員会とか決めるのかな?どーしようかなあ...行事の実行委員とか、青春っぽいよなあ。
と、現実逃避しないと心が持たない。
おいおいおいおいおいおいおい!どういうことだってばよ!
俺はいつのまに、面識のないカリスマアイドルの彼氏になっちゃったの!?それともこれ、なに、遠回しな告白だったりする!?
心臓バクバク、嬉しさなのか期待なのかよく分からない感情が渦巻いている。
あと、男子共の視線が怖い。無言なのが余計に圧力を感じる。彼らは加瀬先生の方は見向きもせず、俺だけに視線を注いでいた。
助けを求めて左隣、田中さくら...
「ワシはこのクラスが心配だあ...じゃあ解散」
加瀬先生がこめかみ手をやりながら教室を出て行った。ホントに心配だよ。
と、とにかく、ホームルームも終わったことだし。
俺は口を開く。
「ね、ねえ。やまな...」
「おい宮原」
さえぎるようにドスの利いた声。俺は肩をつかまれる。中野くんが貼り付けたような笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
「な、なに?」
対して俺は引きつった笑みを浮かべる。ってか、さっきは『夕陽』って呼んでくれてたじゃん中野くん!
彼は気味の悪い微笑を浮かべたまま続ける。
「今から男子全員でサッカーするんだが」
高校生にもなって珍しいなあ。うん、身体を動かすのは良いことだ。
「へ、へえー。俺も参加していいかな...?」
「なあに言ってんだ。当然じゃないか。なあ、みんな?」
『『おう!!』』
周りの男子たちも笑顔で応じてくれる。なんだ、みんな怒ってると思ってたけど、優しいじゃないか。クラスの輪っていうのに久しく入っていなかったから、俺、泣いちゃいそうだよ。
中野くんは感涙している俺と肩を組もうとしてきてくれた。いい奴すぎるよ。
「まあ宮原...」
『『お前がボールだけどな!!』』
まわされていた中野くんの腕が、俺の首をロックした。やっぱりみんな怒ってるじゃねえか!
うん、よし。逃げよう。
こういう流れ、本日二度目だな...。俺の高校二年、どうなっちゃうんだろうか。
首を絞められそうになっていた腕をすり抜けて、自分のスクールバッグを肩にかける。そのままドアへ一目散に駆け出した。
『あっ、逃げた!』
『ハル先輩に加え田中さくらまで...!』
『ゼッタイ許さねえ!』
『あら良いお尻』
『追うぞ!』
『『応ッッ!!』』
去り際にちらりと確認したけど、月見里さんは知らぬうちに消えていた。
くそ、とりあえず彼女と話さなきゃなのに!
* * *
『三番隊より連絡!
『一体どこに隠れやがった!?』
俺は今、二階から一階へと続く階段の踊り場にある壁に背を張り付けていた。いつのまにやら小隊を編成した我がクラスメイト達の包囲網を巧みにすり抜けて、昇降口は目前。しかし中野くん率いる二年七組の分隊が数人、一階にも足を延ばしていた。
『三番隊はそのまま四階へ!いいか、一つ一つの教室を
スマホでこまめに指令を飛ばす中野くんが隊長らしい。ていうか、俺以外のクラスメイトの一致団結感がすごすぎる。
やはり共通の敵の存在は、団結を促すんだなあ...。ヒトラーがユダヤ人を悪者に仕立て上げて国民の心を掴んだのも納得である。
しかし、その悪者の俺は現在、八方塞がりだ。
『三階に居ないのならば、おそらく一階か二階にいるだろう』
『ああ、あえて四階にあがる必要はないからな』
『隊長!下駄箱を確認したところ、まだヤツの外靴はありました!』
『よおし。じゃあ下駄箱で待ち伏せていりゃ、あのウラギリモノはいずれ現れる』
ちぃ、仕方がない。上履きのまま帰るか...。あと俺がお前らを裏切った覚えはない。
ともかく、昇降口付近は見張られているから、別のところから外に出なければならない。この階段を降り切って右へしばらく直進した行き止まりに、大きな窓があったはずだ。
左はすぐに昇降口だから、音をたてないように...されど足早に右へ────走り去る!
『プルルルルルルルルルルっ』
うわあああああああ俺のスマホおおおお!
『なんだ...おい!いたぞ!!』
『なにい!?ホントだ!全隊に一階への集合要請を!』
『追えっ!絶対に逃がすなあああ!』
見・つ・かっ・た、と逃走中のアナウンスが脳内に響いた途端に俺の全速力。走りながらスマホを取り出すと、電話をかけてきたのは照先輩だった。
『あ、もしもし宮くん?おつかいを頼みたいんだけど───』
「今ちょっと忙しいんで後で!」
そう叫んで切る。こんな非常事態に電話をかけてくるとは...あの露出魔マジで許さんからな。
心の中でそう毒づいても状況が好転するわけもなく、俺は徐々に追い詰められていた。
このまま行き止まりにたどり着いても、窓を開けるのに多少時間を要するだろうから...大願果たせず取り押さえられてしまう。
ならば、一旦追っ手を撒いてから再びこの大窓に舞い戻るとしよう。幸い一本道ではなく、曲がれる箇所もあったはず。
そう思考しながらも走っていると。
「...ゅうひ君。こっち」
右へ続く廊下から、可愛らしく俺の名を呼ぶ声が。反射的に急カーブ、右折する。
「こっち来て」
教室の扉から俺を招く手が見える...誰だ?もしかして罠か?
しかし、疑心暗鬼にかられている時間はない。ヤツらが追って曲がってくる前に身を隠さねば。
ええい、ままよっ!と、やけっぱちに俺はその教室、視聴覚室に足を踏み入れる。
「だ、れ.......」
『誰だ!』と言おうとした口が途中で止まる。
「さっきぶりね」
彼女が、いたのだ。
行儀悪くも机の上に、足を組んで
カリスマアイドルで、俺が追われている原因で、そして...俺を彼氏だと宣言した彼女が。
「追われてるんでしょ?今」
「え、ああ...」
月見里さんはひょいと立ち上がって、後方にあったロッカーをコンコン、と叩く。
「ここ、隠れたほうがいいんじゃない?」
そうだ、俺は今、一刻の猶予も許さない状況だったんだ。ヤツらは急に廊下から消えた俺を探して、各教室を綿密に見回るだろう。
「...おう、そうする。ありがとう」
礼を言って中へと入る。まあ、それもこれも全部、この人の不可解な言動のせいなんだけど。それはあとで問い詰めればいい。隠れることが先決だ。
ふうん、意外と広いんだなあ。あと結構キレイ。
ロッカーの居心地のよさに感嘆しながら戸を閉めようとすると。
「私もっ」
バタン。
月見里さんも入ってきた。
「えっ、ちょ...?」
はあ?なんで??なんで??
やばいやばいやばいなんだこれめっちゃいいにおいする。てか、なんか色々当たってるしいいいっ!
広いとはいえ、二人で入ったらさすがに狭い。暗闇の中、俺と月見里さんは密着状態。体全部で『女の子』を感じ、俺の理性は崩壊寸前であった。
あ、何も考えられない。
「...ふふ、やっと二人きりになれた...」
彼女は耳元で囁いた。
あふう、めっちゃぞわぞわするぅ...。
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