幕間の第三話。

 春とはいえ、まだ肌寒い廊下に響く足音二つ。職員室のある二階の窓は開け放たれていて、桜の香りがする春風が吹き込んでくる。


「いやいや災難だったなあ後輩くん」


 俺とハル先輩は風紀を乱した罪をとがめられ、生活指導の加瀬先生に連行されていたのだ。完全に俺はとばっちりである。


 時刻はすでに八時二十五分。始業式が体育館で八時半からだから...まずい、完全に出遅れた。それもこれもこの人が原因だよ。


 職員室にて。いつも呼び出しをくらっていて怒られ慣れているハル先輩はずっとニコニコしていて、加瀬先生の怒鳴り声とため息が交互に襲いかかっていた。ついでに俺も怒鳴られた...。

 先生は『これだから、あざれあ荘の連中は...』と頭を抱えていたけれど、ハル先輩とか露出魔とかといっしょにしないでくれ。


「ほんとに。俺まで巻き添えじゃないですか」


 隣を歩くハル先輩が悪びれる素振りもないので、俺は口をとがらせる。大衆の目前での恥辱ちじょくと怒声を浴びせられたことのダブルパンチで、俺のメンタルはどうにかなってしまいそうであった。


 ともかく、期待で胸を膨らませていた新学期は最悪のスタートを切ったのである。


「ぷっくく...しっかし、後輩くん。あのモノマネは無いよ...くく」


 柔らかそうな栗色の髪を揺らして笑うハル先輩。こ、こいつ...パチンコモノマネしておいて、そんなことを抜かしおるか。


「...いや先輩。でもね、俺のモノマネ、理論的に考えれば高校生は爆笑のはずなんですよ」

「と、いいますと?」


 急に無茶ぶりされて正常な判断ができない状況にしては、我ながらマシなネタだったと思うのだ。ウケなかったんだけれども。


「高校生といえばタピオカじゃないですか」

「そうだねぇ」

「かつ、高校生といえばアニメじゃないですか」

「そうだ...そうかな?」


 ピンと来なかったか。


「つまり、両方の要素を取り入れた『撲滅魔法少女ボコOVA』のモノマネは高校生にウケるネタだし、『撲滅魔法少女ボコ』は神アニメという訳です」


 はーやっぱボコちゃんしか勝たんわ。なんなら面白すぎて老若男女楽しめるまである。まあ対象年齢は十二歳以上だけど。主に暴力成分が原因で。


 俺が今期二クール目に突入した覇権(個人的)アニメについて思いを馳せていると、似つかわしくない神妙な面持ちでハル先輩が語り掛けてくる。


「後輩くん...。モノマネはね、元ネタが分からないと、うまく笑えないんだよ...」


 全くもって彼女の言う通りであった。俺の『ボコちゃん最強理論』は瞬く間に瓦解した。なるほど、テレビでやってるモノマネの特番とかも、ほとんどのネタは雰囲気で笑ってるだけだしな。


「そんなこと言ったら、先輩のパチンコモノマネもじゃないですか」


 十八歳以上じゃないとできないパチンコを真似たところで、高一に通じるわけない。俺より酷いだろ。


「そうなんだけど、勢いでいけると思ったんだよー!みんな笑ってたでしょ?」

「ええ、嘲笑あざわらってましたね...」


 まあ俺もドン引きされたんけど...はあ。気分が沈む沈む。


「それに、美紀ちゃんが『コレやっときゃ絶対ウケるから!ガハハハッ』って言って教えてくれたヤツだし」

「それウケるの居酒屋だけだから...」


 美紀ちゃんというのはあざれあ荘の責任者兼住人、大崎美紀先生のことである。ダメな大人の典型って感じの人。


 大崎先生、昨日久々に朝帰ってきたと思ったら、そんな余計なことしてたのかよ。

 彼女を見るたび、よく教師になれたなと思ってしまう。ダメ人間に教員免許認定しなければならないほど、教員の人手不足は深刻なのだろうか。


 昨今の文科省の実状を憂いていると、ハル先輩が思い出したように口を開く。


「あっ、そういえば超々ビックニュース!美紀ちゃんが言ってたんだけど」


 彼女を見やると、口元は緩んでいて大きな目はさんと輝き、何やら楽しい未来を確信しているようだった。


「なんですか?」

「聞いて驚くなよ~」


 やけにもったいぶるから、奇想天外なこと言い出して、また何かやらかすのではとも思ったけど、そんな心配は杞憂きゆうであった。


 しかし、奇想天外なことには変わりなかった。


「なななんと!超人気カリスマJKアイドルの『田中さくら』が!うちの学校に転入してくるんだよっ!!」


 俺は耳を疑った。

 まさかこんな郊外の高校に、なんて、にわかに信じがたかったのである。

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