どん底の第二話。

 俺たちの住むあざれあ荘は私鉄の通るきよ駅のすぐ近く、清ノ瀬商店街から道を一本入った閑静な住宅街に位置する。学生寮とはいっても名ばかりで、間取りと外観は少し大きめの一軒家のよう。和洋折衷の二階建て。築三十年強だから若干ボロい。


 そして俺たちの通う私立清ノ瀬高校は、あざれあ荘から徒歩約十分。清ノ瀬商店街を通り抜けて信号を一つ渡った先に屹立きつりつしている。これまた私立学校とは思えないほどボロく、となりに悠然とそびえる「清ノ瀬高校学生寮」というタワーマンションの影に、今にも埋もれてしまいそうだ。


 偏差値がむやみに高いこととグランドがやたら広いこと以外、およそいいところが見つからないのがこの私立清ノ瀬高校なのだ。


 あ、あと行事がかなり盛り上がってた気がする。そのあたりが例年倍率二倍越えの秘訣なのだろうか。

 まあ俺は昨年度の秋に転校してきたから、行事では孤独を決め込んでいたんだけど。


 謎に人気のある我が学び舎に思いを馳せながらだらだらと歩いていると、桜舞う校門前に人だかりができているのを発見した。一年生らしき初々しい制服姿の生徒男女が一様に、スマホのカメラを掲げている。撮っているのは華やかな桜の木ではなく、別の何かのようだ。     


 なんだ、ハル先輩かな...。もう手遅れだったか。背伸びして人だかりの中心を覗くと、案の定彼女はそこにいた。


 なにやら声真似をしている様子だ...。


「...ご清聴ありがとお!続きましてー、『CR大海物語』より、周りのパチンコ客が一斉に驚く超突風タイム突入したときの音」


 え、ええ......。パチンコモノマネじゃねーか。なにやってんだあの人。照先輩、あなたの幼馴染は残念ながら、新一年生からも白い目で見られることになりそうです。


 俺が心中で照先輩に報告していると、輪の中心にいる小柄でかわいらしい先輩は、大きく息を吸った。



「3、2、1...ピィィドドドド!ピィィドゥッドゥッピィィドドドゥッッ!!」



 迫真の演技の後、辺りは水を打ったように静かになった。遅れて「お、おおー」と気まずげな歓声とまばらな拍手。


 み、みてられん...。早く校舎に入ろう...。当たり前だけど誰にも通じてないし。高校一年生を相手にやるモノマネじゃない。


 目をそらしながら、そそくさとその集団の横を通り過ぎようとすると。


「...おっ!その歩く姿は後輩くんの歩く姿!」


 げっ、見つかった。彼女はビシッと俺を指差している。


「ひひ人違いです」

「そんなつれないこというなよ~。一つ同じ屋根の下で暮らす仲だろ?」


 「おお~」と、先ほどよりも大きな歓声があがって色めきだつ。おい誤解を生む言い方やめろよおおおお!


「そりゃ同じ寮に住んでますからね!!」


 同棲疑惑を晴らすために声を張り上げる。この変人の知人と思われることすら避けたいのに、デキているなんて勘違い、もってのほかだ。


 だがハル先輩も照先輩同様、外見だけはすごく良いのである。小柄な体躯たいくに栗色のゆるくパーマがかった髪、ぱっちりとした目。男ならば誰でも守ってあげたくなるような、庇護欲ひごよくをかきたてられる女の子なのだ。あと...お、お胸がいささかおおきいね、うん。


 しかし学校内では、そのビジュアルを軽く凌駕りょうがするほどの度重たびかさなる奇行で有名で、恋愛対象としては敬遠されているらしい。でも『藍園ハル親衛隊』なる組織が存在してるだなんていう風の噂は聞いたことがあるけど...。


 そして今、その彼女は、彼女の奇行に俺までをも巻き込もうとしていた。


「新入生のみなさーん!お次は二年生の彼が!何か面白いことして下さるそうでーす!」

「は?」


 おいマジかよこの女。飲みの席での無茶振りですらこんなに雑じゃねーと思うぞ。キッとハル先輩をにらむと、彼女は満面の笑みで小さな口を「が・ん・ばっ・て」と動かした。


 だが狼狽うろたえキョどっているうちに、衆目とカメラが俺に集中してくる。


 う、ううむ。こ、こうなれば仕方あるまい...。やってやろうじゃねえか。高校生要素を取り入れたタイムリーな爆笑必至の渾身モノマネで大盛り上がり、一躍俺は人気者へ。薔薇色のスクールライフが待っている!


 自分を鼓舞し、大衆に向き直る。


「えー。おはようございます、新二年の宮原夕陽です。では、僭越せんえつながらモノマネを。『撲滅魔法少女ボコOVA~ボコの週末~』より、ボコちゃんが初めてタピオカドリンクを飲んだ際に言い放った一言」


 こほん、と咳払い一つ。よし。



「ゲフッ!沈んでいた蛙の卵が濁流だくりゅうのように押し寄せてくるわッッッッッ!(裏声)」



 再び静謐せいひつが訪れた。

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