期末試験とアルバイト ④

 午後三時を過ぎて店内のお客さんは絢達を入れても三組しかいない、店内のBGMも心地よく聴こえている。仕事もあまりない状況になり、絢は何度か俺の仕事の様子を窺っているみたいだ。

 あまり無視する訳にもいかないし、幸いにも残り二人組のお客さんはのんびりとした雰囲気で呼んだりすることは無さそうだったので絢達のテーブルに向かう事にした。


「どうしたの?」

「え、えっと……」


 気になったので俺が先に話しかけると、慌てた絢は困惑した表情になり白川の顔を見て助けを求めている。


「もう絢、自分で聞きなさい」

「……」


 呆れた表情をして白川が突き放したような言い方をして絢は気落ちして項垂れていた。何かを確かめようとしていたのかは察したが、肝心な何の事なのかが分からない。今日の絢はいつもとは違った雰囲気だった。


「……黙ってたら分からないぞ」

「うん……」


 少し寂しげに項垂れたままで絢が返事をしたので、俺の声が聞こえているのは確認出来たが、それ以上の返事は返ってこない。

 あまり催促するのもどうかと白川を窺ってみたが、白川の視線は相変わらず俺に対しては冷たいままなので話しかけ難い。絢の様子が変わる気配がない……話が進展しそうもないので俺は諦めた顔をした。


「分かったよ、話し難かったらメールをしてくれ、今度はきちんと確認して返信する。約束するよ」


 優しい口調で絢に話しかけると、やっと絢が重い顔を上げて表情も和らいだ。絢の顔を見て俺は安心したが、白川は怪訝そうな顔で俺を見ていた。


「ちゃんと返事をしてやってね。頼んだよ」


 俺が分かったと頷くと白川はカップに残っていたコーヒーを飲み始めた。絢も落ち着いた様子で残っていたケーキを美味しいそうに食べ始めたので、笑顔で「戻るよ」と言って店の奥に下がった。

 暫くして絢と白川は席を立ち会計をする為にカウンターの所にやって来た。俺は伝票を確認してレジーを打ち込む時に、絢が小さい声で白川には聞こえないように「ごめんね」と謝ってきた。

 すぐに俺も小さく首を振り「いいよ」と小さく答えるとはにかんだ表情を絢が見せてくれた。お店に来た時よりも絢が明るい表情になっていたので俺は安堵したが、帰宅してから確認した絢宛のメッセージを見て驚いた。


 今月末にある花火大会に一緒に行くのかという事で、美影達も一緒に行くような内容の話だった。


 美影からはまだ何も聞いてはいなかったので不思議に思っていたが、もしかしたら今日のお昼に来た時に言うつもりだったのかもしれない。このタイミングで俺から確認したら不自然だ……美影から言ってくるのを待つしかないようだ。

 絢には返信をしておかないといけないけど、美影の事を考えると返事に迷ってしまう。どうしようと悩んだが、絢との約束は守らないといけないと思い「行くよ」と送信した。きっと絢から俺の事を美影には言わないだろうと予想したからだ。


 一日おいて月曜日の朝、登校した時に美影はもう教室に来ていた。

 通りすがりにいつもと変わらない様子で「おはよう」と挨拶をする。

 俺が席に着いて鞄を下ろしていた時に美影が照れ臭そうに目の前にやって来て突然頭を下げた。


「一昨日は本当にごめんね……」


 あまりに真剣に謝るので困惑してしまう。周りの目があるので慌てて美影に頭を上げるように声をかける。


「謝ることはないよ」

「ううん、もう舞い上がってしまっていたから……」

「別に特別なところなんかなかったけどな」


 俺が鼻で軽く笑っていると、美影が全力で強く否定してきた。


「いや、そんなことはないよ、凄くかっこよかったし、写真も大事に保存してるから」

「そ、そうか……あ、ありがとう」


 あまりにも美影が熱心に言うので俺は恥ずかしくなってしまった。二人の間に微妙な空気が流れてしまったが、素直に美影の気持ちは嬉しかった。


「あの……ごめんけど」


 美影との間に割って入ってくるように済ました顔で大仏が手に俺のノートを持っていた。


「あっ、志保が来たみたい、また後でね」


 微妙な間に恥ずかしかったのか慌てて美影はこの場を離れて行った。美影の慌て具合を見てワザとらしく大仏は俺の前に来て小さく笑っていた。


「何か悪い事したわね……」

「お前……分かっていてワザとやっただろう」


 大きくため息を吐きの大仏を顔を見て、一昨日の事を思い出した。


「そう言えば、話しただろう……」

「はぁ、何の事?」


 惚けた様な顔をして大仏が見ているので、俺は頭を抱えながら聞き直す。


「一昨日のバイトの事だよ、白川に……」

「あぁ、その事。確かに由佳に話したよ」

「話したよじゃないよ」

「だって由佳から誰かさんが返事を送ってこなくて、落ち込んだ友達がいるからって言われてね、協力してあげただけよ」


 そう言って大仏は全く気にした様子のない顔をしているので、再び俺はため息を吐いて諦めた様な顔をした。

 ここで言っても仕方がないのは分かりきっているが、言わないと気が済まなかった。確かに返事を送っていなかったのは事実だけど……大仏は悪びれた様子も無く俺に聞き返してきた。


「何か問題でも?」

「……いやないです」


 そう答えると大仏は勝ち誇ったような顔をして、貸したノートを机の上に置いた。


「ありがとう、アンタのノートは分かりやすくて助かったわ」

「はいはい、それはよかったですね」

「それにしてもあの子はなかなか大胆と言うかなんと言うかねぇ」

「えっ、ど、どう言うことだよ」


 大仏の言葉に俺は意味が分からない表情をして聞き返すと、大仏は不思議そうな顔をする。


「アンタ聞いてないの、花火大会の件?」

「あぁ、その事かよ、それがどうして?」


 何故その事を大仏が知っているのかと突っ込もうとして「そもそもお前が気にする事なのか」と言おうとしたが、大仏が呆れた顔をしている。


「アンタ、そんな顔をしているという事は……本当に大丈夫、どういう状況になってきてるのか?」

「失礼だな、いったいどんな顔だよ」

「そんな冗談を言っている場合じゃないかもよ」

「……」


 真面目な顔で大仏が話すので何が言いたいのか何となく分かったて返事に困っていた。


「仕方ないわね、アンタが先延ばしにしてきた事だから」

「……」

「まだ時間があるから考えなよ、あっ、でもその前に期末か……」


 薄笑いを浮かべて大仏は席に戻って行った。俺は黙ったまま大きく息を吐いて天井を見上げていた。

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