期末試験とアルバイト ③

 マスターは不服そうな顔をして俺を見ている。


「何ですか、何か言いたそうですが……」

「まあいい、後で聞こうかな、じっくりと……おっ、あの子達が心配そうにこっちを見てるぞ、早く戻ってやれ」


 マスターの顔は笑顔だが目がマジだ。後で根掘り葉掘り聞かれるのだろう……少しウンザリしたが、美影達には関係ない事なので、気持ちを切り替えて二人の所へ戻った。


「どうしたの?」

「いや何でもないから……ケーキは美味しいだろう、この界隈では評判らしいぞ」

「うん、すごい美味しかったよ。お礼言い損ねたね、美影」


 満足そうな顔で志保がそう言って美影を見るとケーキを食べながら幸せそうな顔をして頷いていた。


「やっと戻ったか……」

「あっ……」


 頷いて顔を上げた瞬間に美影と目が合って微笑むと、また視線を逸らしてまた顔を赤くして俯いてしまった。

 志保が呆れた顔をして大きく息を吐き美影の様子を見ている。


「もういい加減に慣れたら……」

「だ、だって……」

「そうだ由規、今、写真撮らせてよ」

「はあ⁉︎」


 一瞬何を言っているのか理解出来なかった。既に鞄から志保はスマホを取り出そうとしている。本当に撮影する気の様だが、さすがに仕事中だから拙いだろうと思ったが一足遅かった。


 (もうこうなったら仕方ない……)


 志保の言う通りにするしかないので後でマスターに謝っておくことにした。


「それじゃ、撮るよ」

「分かったから、早く撮れ!」


 出来るだけ目立たないように自然な格好をして志保に写真を撮らせた。志保はスマホの画面を見ながら、満足そうな顔で頷いている。


「美影、いい写真が撮れたよ」

「はぁ、モデル料を貰うよ志保……」


 多分志保は美影に撮った写真を送るのだろう、俺は大きくため息を吐き冗談でそう言うと、志保は笑いながら美影を見ている。


「何で? モデル料なら美影から貰ってよ」

「……もう志保ったら、ごめんね宮瀬くん」


 赤くしていた顔を上げて美影が俺に謝ってきたが、表情はまだ凄く恥ずかしそだ。美影の顔がとても初々しい感じ表情に見えたので、一瞬胸が熱くなってしまった。


「あら、由規も顔が赤くない?」

「そ、そんなことはない、そ、そろそろ戻るぞ」


 慌てるようなフリをしてカウンターの方へ戻ろうとした。


「あ、ありがとうね、よしくん……」


 消え去りそうな声で俺に聞こえるように美影が話しかけたが、志保にもしっかりと聞こえたようで笑みをこぼしていた。

 それから暫くして志保が「帰るね」と言ってきた。美影も満足したのか「またね」と言って笑顔でお店を後にした。


 美影達が帰った後に、休憩をとって隅で賄を食べながらマスターに二人の事をしつこく追及された。


(もう勘弁してよ、なんか食べた気にならないなぁ)


 休憩も終わり今日の仕事時間もあと一時間余りとなってきた。お店の中も昼のピークを過ぎてかなりのんびりとした雰囲気となってきた。お店のドアが開いてお客さんが入ってくるので、あと少しだと愛想よく入り口に向かった。


「いらっしゃい……ませ⁉︎」

「こ、こんにちわ」


 入り口に立っている二人を見て心臓が止まりそうになる。何故か目の前に私服姿の絢と白川が立っている。なんの縁なのか美影達が座っていたテーブルぐらいしか準備が出来ていなかったので、そのテーブルに案内をする。

 まだ頭の中が整理出来ていないが、とりあえずはお冷やとメニューをテーブルに置いて動揺が顔に出ないように気を付けた。


「久しぶりね……」

「そうだな、いつ以来かな?」

「この前の試合は見に行ったけど、会えなかったから……」

「やっぱり見に来てたのか、いつもありがとうな」


 俺は小さく微笑み答えると、やっと絢からも笑みが溢れた。この最近はいろいろな事があって連絡を取り合っていなかったというより、俺が返事を送っていなかったのだ。だから今日ここに居る事は知らないはずなのだが……


「驚いたでしょう。何で来たのかって顔してるけど、円から聞いたのよ」


 白川は若干不機嫌そうな口調で話してきた。やはり大仏が元凶かとため息を吐いたが、もう今更言っても仕方ないので開き直って笑顔で接客をしようとしていた。


「分かったよ、注文が決まったら呼んでくれ」


 そう言って二人のテーブルから離れて、二人から見えない所まで下がり再び大きく息を吐いた。


(もう少しで終わりのタイミングで……さてどうするかな)


 カウンターの奥に下がったので多少気持ちは落ち着く事が出来たが、まだどんな顔をすれば良いのか考えがまとまっていない。何も思い浮かばないままでいると、マスターに絢達が呼んでいると言われて二人のテーブルに向かった。


「お待たせしました、注文をどうぞ」


 まだ頭の中で考えがまとまっていないので接客用の笑顔で応対した。正直言ってやり難くてぎこちない笑顔になっているような気がした。


「私は、このケーキのセットで、絢は……」

「えっと、こっちのセットでお願い……」

「ハイ、AのケーキセットとCのセットで紅茶だな」


 俺が注文を復唱すると二人は小さく頷いたが、絢は何かを言いたそうな顔をしていた。


「どうした、何か違ってたか?」

「ううん、違うの……」


 絢が小さく首を横に振り否定して俺の顔を見ている。


「何となく……いつもと違ってよそよそしい雰囲気がしてね……」


 寂しげな顔をして絢が答えたので、俺は少し慌ててしまう。


「そ、そんなことはないよ……し、仕事中だからこんな風なんだよ」


 当たり障りの無いように笑顔で返事をすると絢は納得したような顔をしていたが、白川の反応は違っていて白い目で見ていた。これ以上追及されても悪い方向に行きそうなので、「お待ち下さい」と一言を言って二人のテーブルから離れた。

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