先輩の引退と新チーム

 県大会敗退の翌日、授業が終わり放課後の体育館に集合する事になっている。俺は既に橘田先輩から長山がキャプテンをするのを聞いているが長山以外は誰も知らない。もちろん美影や志保にも話していないので二人とも知らないはずだ。


「宮瀬くんがするのかな?」

「えっ⁉︎」


 授業が終わった教室で体育館に行く支度していると美影が何気なく話しかけてきた。事情を知っているので一瞬慌ててしまったが、バレないように知らない顔をしている。先輩から他に話をしてはいけないと釘を刺された訳ではないが、先走って話すのはダメだろうと口を濁しておくことにした。


「さあ、どうだろうな誰がするのかな?」


 そう言うと美影が怪しそうな顔で俺を見つめる。


「う〜ん、何か知ってるなその顔は」


 やはり美影にはなかなか隠し事が出来ないようだ。二人で話しているうちに志保も支度が終わり話に加わろうとこっちに来ようとしていた。


「なになに、どうしたの?」

「な、何でもないぞ……ほら体育館に行くぞ」


 興味ありそうな顔で志保がやって来たけど、更に話がややこしくなりそうなので俺は慌てる様にこの場を離れようとした。


「もう、なんなのーー」


 志保が拗ねたような顔で逃げる様に教室を出ようとしている俺を眺めている。志保と同じ様に隣に居た美影も呟く。


「やっぱり、怪しいわね」


 そう言って志保と美影はなにかしら会話を始めていたが、俺は教室を出た後なので二人が何を話していたか分からないままだった。


 体育館に行くとまだ四、五人しか集まっていなかった。みんなが集まるまでシュート練習などしていたが、もう三年の先輩達が基本的に練習に加わる事は無いのだ。人数がさほど多くない部活なのであまり上下関係が厳しくなかったので、やはり先輩達が居なくなると寂しい感じがする。

 暫くしてから美影と志保達マネージャーが集合して全員揃った所で先輩達もやって来た。橘田先輩が俺達の前で話し始めた。


「昨日はお疲れ様。俺達、三年生は昨日の試合の敗退で引退になった。まぁ一応、選抜迄は出場出来るけどな、でも今年もここまでにしようと思う」


 確かに強豪校は、次の選抜大会まで三年生が残る学校があるが、この学校は総体までが慣例になっている。


「それで、今日から新チームとして始動するのだけど、新しくキャプテンを長山に務めて貰い、そして副キャプテンは宮瀬だ」


 橘田先輩の発言に一、二年の部員がざわつき始めて、美影と志保も驚いた顔をしている。先輩はそうだろうなといった表情をして、俺と長山は顔を見合わせて苦笑いをしていた。


「それじゃ長山と宮瀬、みんなに挨拶だ」


 先輩が俺達を皆んなの前に出てくる様に促す。前もって先輩から話を聞いていたので驚く事はないのだが、いざみんなの前で改まって話すとなると緊張する。先に長山が話し出した。


「えぇ、みんなが何となく動揺しているのは分かるけど、新しくキャプテンに任命されました。これまでと同じようにチームがひとつになっていけるように頑張ります、よろしくお願いします」


 大きくはっきりとした声で長山が挨拶をして頭を下げると、みんなから笑顔で拍手が沸いた。長山は挨拶が無事に終わり安心した様な表情をしていた。続いて俺の番だ。


「副キャプテンの宮瀬です。長山をしっかりと助けて、チーム一丸となって今度こそ全国大会に出場できるように頑張っていきましょう」


 長山と同様にみんなから拍手が沸いて先輩も一安心といった顔をしていた。最初にあったざわつきも収まりチーム一丸になってやるぞといった雰囲気になった。


 先輩達の引退の挨拶も無事に終了して、早速新チームとして練習を開始した。先輩達は制服姿のままだったので練習風景を眺めていてた。暫くして橘田先輩が俺と長山を呼び出した。


「それじゃ俺達三年は退散するよ、また何か相談事とかあれば遠慮なく言ってこい、まぁあんまり肩肘張らずにこれまでみたいにやればいいさ、また時間がある時には顔を出すからな……」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って先輩達は笑顔で体育館を後にした。先輩達の後ろ姿を見送りながら、俺の中では何かひとつの事が終わった様な気がしていた。橘田先輩を追いかけてきてこの学校に来て一緒にプレーが出来て目的を達成する事が出来た。

 今度は新たに個人的な目標を決めないといけないと考えていたが、まだ何か決めてはいない……新しいチームで頑張ろと思う気持ちと別に心の奥では空虚な感じがある。


 新チームとしての初日の練習は無事に終了して、長山も一安心といった感じだろう。俺はいつもと同じ様に帰り支度を始める。


「おう、お疲れ宮瀬」

「皓太か、どうしたんだ?」


 帰る前に珍しく皓太が声をかけてきたが、何となくいつもと様子が違うようだ。


「よかったのか宮瀬、キャプテンにならなくて」

「あぁ、その事かよ」

「だって誰が見たって宮瀬がするのが普通だろ」


 かなり厳しい口調で皓太が言うので少し驚いたが、俺は落ち着いた感じで答えた。


「いやそんな事はないよ。俺よりも長山の方が適任だ。第一、俺は納得しているから問題ないよ」

「そ、そうなのか……宮瀬が納得しているのなら俺がとやかく言う事でもないな」


 俺の話を聞いて皓太も落ち着いたみたいでいつもの口調に戻った。

 皓太の言い分も分からない事はないが、俺自身はキャプテンの荷が無い分、もっといろんなところでチームに貢献出来るのではと考えていた。


「立場がどうあれ俺は変わらないしチームが勝てるようにするだけだよ。皓太も協力してくれるだろう」

「分かったよ……宮瀬みたいな考え方ともっと早く出会っていたらこんなに遠回りしていなかったかもな……」


 そう言って皓太は話終わる頃には寂しげな表情をしていた。皓太の中ではまだ様々な過去の思いが残っているのだろうが、皓太なりに奮起して復帰を決意したのだ。


「何言っているんだよ。これからは皓太のチカラが必要なんだ、過去とは言え全国大会に出た唯一の部員なんだから」


 俺には無い経験を皓太はしているし、元々は県内でも屈指の選手だったのだから……そう皓太だから頑張って欲しいし俺がここに居るのは皓太のお陰でもある。


「過去の事だよ……でも、こうやって復帰したんだからもう後悔しないようにするさ」

「そうだな、頼むぞ!」


 笑顔で励ますと皓太も明るい表情で頷き最後は笑顔になった。

 その夜、今度は美影から電話がかかってきた。

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