県大会と先輩 ②

 大会までの間ハードな練習が続いていた。家に帰ってからその日の授業で出された課題を途中で寝てしまい翌日、出来ていない課題を美影に写させてもらう日々が続いた。


「ありがとう美影、本当に助かるよ」

「あっ、うん」

「でもさすがだなぁ、ちゃんとしてるよ」


 課題を写し終えて美影にノートを渡す時にいつもと違って感心して美影の顔を見ていた。俺の反応が普段と違い予想外だったのか、美影は恥ずかしそうな表情をする。この前の勉強会でも知ってはいたが、実際にノートを写させてもらうと丁寧な文字で綺麗に書いてあるので見易くて、成績が良いのも頷ける。


「もうそんな事言って煽てても、今回だけだからね」

「うん、分かってるよ」


 恥ずかしそうにしていた美影だが抜かりはない。一応、こうやって写させて貰うのは次の大会までの間だけという約束になっている。

 しかも志保には写させていなからその度、「ズルイ」とか言われて俺に対して機嫌が悪いのだ。美影のお陰で練習に集中できて、大会まで充実した練習が出来たのには凄く感謝した。本当に美影は無くてはならない存在になってきた。


 大会前日の練習日は、試合に備えて軽いメニューで早めに練習が終わった。その後、俺と長山が橘田先輩に呼ばれた。


「悪いなぁ、二人とも疲れているところ……」

「いいえ、大丈夫ですよ。何の用事なんですか?」


(先輩も疲れているだろうに何の事なのだろうか……)


 長山と二人で不思議そうな表情をして先輩の前に立っいると、橘田先輩は改まった顔をして話し始めた。


「まだ明日から試合があるけど、早めに教えようと思ってな、次のキャプテンの事だが、昨日話し合ったんだ三年で」

「はい……」


 長山とお互い同じタイミングで返事をして顔を見合わせる。


(あれ? 何で先輩は俺と長山の二人を呼んだんだ……ということは俺ではないな……)


「それで、長山、お前を指名する事になったんだ」


 先輩は長山の肩に向かって手を掛けるが、長山は驚いた顔をして俺の方を見る。


「ま、ま、マジ、ですか?」


 かなり動揺した表情で長山は答えるが、先輩は「そうだ」と大きく頷いている。良かったと一安心した感じで俺は頷いていたが、今度は橘田先輩が俺を見て申し訳なさそうに話してきた。


「実は宮瀬を推す声の方が多かったんだよ……でもお前は優しすぎるだろう、だからいろいろと悩んでな、最後は俺の一存で長山に決めたんだ……」


 先輩は俺に対して気を遣ったようで、みんなに発表する前に選ばなかった理由を伝えようとしたのだ。


「そんなの気にしないで下さい、チームを引っ張って行くには長山の方が合ってますよ」


 実際、キャプテンになれなくて悔しいとかいう気持ちはないし、先輩の言うことがもっともだと、先輩の顔を見ながら笑顔で答えた。俺の返事に先輩はほっとしたような表情になる。


「長山をしっかりとサポートしてやってくれ、それに二人とも中学時代はキャプテンをしていたんだから大丈夫だろう」


 信頼する先輩から頼まれたらにはやるしかないなという気持ちで長山を見ると、落ち着いた顔で長山も決心したみたいでお互いに握手して協力していく事を決意した。


「明日の試合も頼むぞ‼︎」


 先輩は最後に力強く俺達にそう言って笑顔で体育館を後にした。


 翌日、県大会の初日は二試合目で勝てば明日また試合がある。一回戦の相手はH商業で、県大会の常連校だが実力的には同じぐらいで油断出来ない。

 いつも以上に緊張はしていたが、調子は悪くなさそうだ。一試合目は既にハーフタイムまで進んでいるので、そろそろ準備を始めないといけない。

 今日は絢達を探す気がないが、昨日の夜に試合観戦へ行くとメッセージが来ていたので多分何処かにいるのだろうと思っていた。


「あっ、宮瀬くん」


 移動しようと立ち上がったタイミングで美影から声をかけられる。


「どうした? もう時間か」

「ううん、違うよ。さっきあーちゃんに会ったよ、頑張ってねだって」


 美影が笑顔で話しているが、俺は予想外の事を言われて一瞬動揺してしまう。


「そうか頑張ってか……よし、それじゃ行くか」


 あまり絢が来ている事に敏感に反応するのも不自然なので、簡単な返事だけしてあまり触れないようにした。美影は俺の反応を窺っていたが、特に何も無かったので少し不思議そうな表情をして頷いていた。

 暫くして、一試合目が終了して、試合前のウォーミングアップが始まった。いつもに比べてみんな一様に硬い表情をして、今一つ動きも硬いようだ。そんなチームの様子を察して橘田先輩が皆んなに声をかける。


「ほら、皆んな、顔が硬いよ。緊張し過ぎだぞ!」


 それぞれチームメイトが顔を見合わせて、そうだなという感じで肩の力を抜いて動きが良くなった。


(さすが、先輩……)


 感心して自分も周りに気を遣えるようにならないといけないと先輩を見ていた。試合開始前に、ベンチで橘田先輩を中心に気合いを入れてからコートの中心に向かった。

 そしてついに始まり、最初のボールは俺達のチームに渡った。いつもの様にゴール下まで一気に走ってシュートを狙うが、これまでみたいに簡単にはパスが来なかった。

 さすがは県大会まで進んで来たチームだ。ガードの先輩がドリブルをしながら、俺ともう一人のフォワードの先輩が動きスペースを狙う。

 センターの長山がハイポストでパスを貰い、ガードの橘田先輩が素早く反応してフリーになったところで長山がパスを出す。

 橘田先輩がシュートを狙い、俺は相手をブロックしつつリバウンドの態勢を整える。先輩のシュートの弾道を見てリバウンドのタイミングを取るが、跳ばなくてよかった。

 リングに当たる事なく綺麗に決まる。チームメイトはみんな一様にイケるという表情をして、俺は先輩と笑顔でタッチを交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る